第5話 ケンタウロスの、バイク屋さん


 バルルン、バルルン………


 街の中、太陽が石畳を燃やして、熱気が風に巻き上がる。エンジン音の独特な振動が、空気を震わして、鼓動を振るわせてくれる。


 レックは、感動を口にした。


「ついに、バイクが、オレの手に………」


 前世の記憶がよみがえった、その翌日のことだった。レックは、大金を手にした興奮が燃え上がっているままに、バイク屋さんへと、直行していた。


 握り締めるハンドルを、もう一度、静かに動かす。

 振動がハンドル越しに、ハラに響く。レックが手にしたバイクは、小さい部類であった。荷物を載せる場所はないが、お値段もやさしく、一人旅には十分だ。食料に水といった荷物は、アイテムボックスに入るのだ。


 なお、レックの持つバイクの知識は寂しい。50ccが一番小さいヤツ、と言う程度しかなかった。

 それでも、前世ではついに手を出すことのなかったバイクを、手にしているのだ。やはり、男の夢といわれるだけはあると、振動を味わう。


 そこへ、ケンタウロスが、現れた。


「おいおい、感動に浸るのはいいけどよ、ほどほどにしとけよ?」


 バイク屋さんの、お兄さんだった。

 いい笑顔で、レックを見下ろしている。ケンタウロスは、馬にまたがった人間のような、とても高い目線である。見下ろすのは当然であるが………

 レックは、思った。


 走れよ。


 馬が生えてるだろ、走れよ――と


 レックは口にすることなく、代わりに、笑顔で見上げた。どう見てもケンタウロスと言う、馬の下半身の、体格の良いお兄さんだ。これで、どうやってバイクに乗るのか。

 ちょっと、見てみたい


「それにするのかい?」

「うん、オレの背丈にも合ってるし、なんか………魂が呼び合うんだ」


 浸っていた。

 15歳の少年レックは、前世日本人の記憶の影響もあるのだろう、バイクを手にした感動が、とある不治の病を発病させていた。

 15歳だが、14歳特有の病と呼ばれる、あれである。


「ほぅ、あんたにも分かるのかい」


 お兄さんも、ご同様だった。

 いや、そこまでバイクを好きでなければ、手を出そうとも思わないだろう。純粋に、バイクが好きなのだ。馬がバイクにまたがる光景が、何度も脳裏で駆け巡り、必死で笑いをこらえているレック。

 感動していると思われても仕方ない。兄さんは目を輝かせて、レックの肩に手を置いた。


「だがよ、ボウズ………焦るな、まずは試しに、乗り回してやろう」

「え、でも………」


 レックは、冷静になって周囲を見回す。ここは町のど真ん中だ。バイクを試しに乗り回すような場所ではない。


『テクノ師団』に送られて、冒険者ギルド屋上へ到着したのは昨晩のこと。レックの話を改めて伝え、ついでに、レックの討伐したモンスターも差し出した。

 偉い人たちは会議へと、一方のレックへは、報奨金の引渡しが行われた。

 そしておっさんは、また、森へ戻っていった。ご苦労なことであるが、非常時のための、彼らなのだ。


 ――また、会おう


 なにかを、気取ったようなセリフだ。元ネタは不明だが、前世が日本人であるため、その影響と思いたい。

『テクノ師団』と顔を合わせする危険な事件は、ゴメンなのだ。こちらは、自由な冒険者なのだ、自由に、冒険がしたいのだから。


 バイクを相棒に、世界をかけるのだ。


 バイク屋の兄さんが、声をかけた。


「おい、大丈夫か?」

「あ、あぁあ、ちょっとまって」


 エンジンを、切った。

 急激に冷え始めるエンジンが、キン、キン――と、不満をくすぶらせる。先ほどまでバイクの振動が響いていたために、奇妙に、静かだ。

 すぐに、町の喧騒がよみがえってくる。


「まぁ、初めてバイクを手にしたんだ、気持ちは分かるぜ?」


 本当に、ケンタウロスのお兄さんには、レックの気持ちが分かるのだ。今まで、あこがれて、手に出来なかったものを手にした感動を。

 いいや、レックのあこがれや、感動を上回るはずだ。馬が、バイクに乗るという無茶であっても、手に入れたのだ。


 しかも、バイク屋にまでなったのだ。


「だがよ、走らせてこその、バイクだ、町外れに練習場があるから、ついてきな――っと、相棒を忘れるなよ?」

「わかった」


 レックは告げて、バイクの頭をなでた。先ほどの説明にあったとおりに、魔力を注ぐ。

 なでると言うか、バイクのスピードメーターの上にある、クリスタルに触れる。これは、地球のバイクにはない仕様である。

 ファンタジーと言うか、バイクが、輝いた。


「………不思議っていうか、便利って言うか………」

「封印魔法の一種だ、召喚獣とか、アイテム袋とかと、同じような仕組みらしい」


 レックの手には、宝石が握られていた。

 先ほど、レックが触れたクリスタルである。紋章が記されており、その中にバイクが収容されているのだ。


 魔法のようだった。

 いや、魔法の一種である。ステータス先生は存在しなかったが、アイテムボックスと言うか、ここではない空間へと閉じ込める魔法は、存在する。

 レックも、魔力が少ないながらも、アイテムボックスと言う魔法が使えた。おかげで新人冒険者として、荷物もちとして、そこそこの稼ぎがあった。

 リボルバーを、購入できるほどだった。


 そうしたアイテムボックスの技術を、宝石に与えた技術だった。


「すごいよなぁ、技術の力ってヤツ………これも、テクノ師団なのかな」

「しらん、バイクをいじれれば、それでいい」


 いや、だから走れよ。バイク、いらねぇだろ――とは、レックが必死に抑えた心の声だった。



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