第十話 家族構成

 ディアは王妃の小部屋に戻り、翌日の詳細を聞く。


 時刻は午前九時に王宮に集まり、そこから一時間かけて他の貴族らとのパーティー会場に向かうようだ。その間、王妃らが乗る馬車の側面を歩き、常に周囲を警戒することが仕事らしい。

 なんとも物騒な話ではあるが、平穏な世の中だからこそ狂気に憧れる異端なものが生まれやすい環境なのだろう。


 正装は騎士団の会合の際に必要なため用意はできるが、マナーの部分がどうにも不安な彼。自分の分の食事はなくとも、挨拶や立ち振る舞いに注目される可能性があるわけで、今から胃がキリキリしている。

 そんな彼はようやく王妃から解放され、自宅へと向かう。


 その場所だが、先に説明しておくとエターニャの騎士団に所属している者には定められた地区で過ごさなければならない規則が設けられている。


 寮のような場所ではなく、家族含め一軒家で過ごすことになるのだ。故に貧相な生活を送っていたが一人が所属したことで一転綺麗な新居を手に入れる者もいる。

 この主な理由としては謀反の可能性を限りなく減らすためだ。


 人質という側面もあるが、同部隊の人間が周囲には多くいるために近所付き合いが必要となり、交友関係を結ぶことで不満を軽減させる目的もある。加えてコミュニケーションが苦手な場合も考慮され、区画は二つに分かれているのが現状良好な関係を騎士団員たちが築けている要因だろう。

 ディアは特に気にするようなタイプではないし、隊長として団員の把握が必要なため前者の区画にて過ごしている。ちなみに遠征団という低い格でもそのなかでトップのA組大隊長となれば多少は豪華な家が送られるわけで、二階建ての広い家に妻と娘二人で住んでいるのだ。


 さて、そんな住宅地の中央に位置する自宅前で鍵をさし、開けてなかに入っていく。


「おかえりなさい、パパ」


 そう言ってガチャリという音に気付き出迎えたのは妻のキュール。

 彼より二歳若く、娘が十七歳ということを考慮すると少々如何なものかと思われるかもしれないが、この世界では十五歳から成人扱いのため法で罰せられるようなことはない。それでも初産の平均は二十歳らしいが。


 ちなみにパパ呼びは娘が生まれてから定着したものである。


「ただいま。すまんな、帰りが遅くなってしまって」

「お仕事だったんでしょ?」


「ああ、それはもちろん」

「なら全然気にしないわよ。まあ、嘘ついたらどうなるかは昔に思い知らされているから大丈夫だよね」

「ハハ……それもそうだな」


 苦笑を浮かべるディアに対してニコニコ笑顔なキュール。当初から婚約することは決まっていたものの、既に身籠っていたがために結婚生活はずっと子供の面倒を見ることで埋まり、それに加えて遠征団の仕事も入っていた彼は時折心の癒しとして女性と遊んでいた。


 バレないよう遠征先で出会った人としかそういったことはしなかったのだが、一夜限りの関係のつもりでいたディアとは違い、相手は真剣に彼に好意を抱いてエターニャまでやってきてしまった。しまったというのも失礼な話には違いないけれど、彼にとってはしまったなのだ。ただ、責任は妻のことを隠していた彼にあるわけで、しかも買い物から帰ってきたキュールとその女性がちょうど鉢合わせたのだから最悪の展開になることは目に見えている。


 両者に謝罪し、バレたのは一回目ということでキュールから許された彼がそれ以降再犯することはなかったとはいえ、当時許しを得るまでに与えられた恐怖心は未だに拭えず、今回のような反応になってしまう。


「ミラとライラはもう寝たのか?」

「ううん、ライラは部屋でお勉強中。ミラはリビングで友達と話しているわ」

「じゃあ、後ろを通るときは気を付けないとな」


 十七歳と十五歳の娘たち。オッサンになった父親が煙たがれないわけがなく、加えて幼少期に仕事のせいで家にいることが少なかった父親を嫌うのはよくある話。


 現在は技術の発達により、戦地での報告を楽にするため映像を通して会話する機械が増え家庭用にも販売されているが、当時はまだ開発されておらずただ寂しい想いをさせていたのが何よりの原因だ。長女のミラは先のことも経験しているから尚更嫌っている。


 家族を愛している彼にとっては時折それが傷となるも、その度に自業自得で済ませるしかないのが救いどころがなくて見ている方も若干哀しみを覚えるほど。


「おかえりぐらいは言って欲しいな……」


 ぼそっとそう呟く。


「そういうのがウザがられるんでしょ。ご飯温め直しておくからお風呂入っておいで」

「へいへい」


 背負っている大剣を玄関に置き、風呂場に向かうためとぼとぼ歩いていくその背中には哀愁が漂っていた。

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