第十一話 権力者に逆らうべからず

 ディアは風呂を済ませ、キュールが用意してくれた夕飯を食べるためリビングへ入る。


 今日は王妃に連れまわされ、王女に指導をしていた分疲れの蓄積が多く、入浴中は思考を無にしていたため帰宅した際にキュールから教えられていた長女のミラが友人と画面通話していることを忘れていた。故にいつもと変わらず腰にタオルを巻いただけの姿で部屋着を取ろうとしたところで、ソファに座りながらテーブルに専用の機械を置いている彼女に出くわしてしまう。


「あっ」


 そんな一言しか出なかった彼にまだミラは気付いていない。先に目を丸くして驚いたのは画面の先の友人だ。


「ミ、ミラ! うしろ! パパさんいるよ!」


「えっ、別にあいついても関係――って、なんて格好してんのよ! この変態!」

「悪い悪い、ミラがクレアちゃんと話しているの忘れてたんだよ」


「うるさいっ! 早くあっち行って!」

「わかったからそんな怒らないでくれよ」


 今にもそばにあるクッションを投げてきそうな勢いだったためにすぐ退散するディア。タンスの方へ向かったのを確認してからクレアの方へ向きなおす。


「ごめんね、セクハラ親父で」

「突然だったから驚いたけど、全然気にしてないよ」


 笑ってくれる彼女にホッと一安心してさっきまでしていた話の続きを喋ろうとしたミラより先に口を開いたのはクレアだった。


「それにパパさんやっぱり筋肉質で不器用な感じが最高にいいじゃん! ハァ、ママさんは本当に良い人見つけられて羨ましいよ……」

「はぁ⁉ ありえないでしょ、あんなやつ。娘が十歳になるまで放っておいた上に育児で大変なときに他の女と遊んでたんだよ?」


「それはミラから教えてもらったから知ってるけど、それでもママさんは許したんでしょ?」

「ママが許したのはお金を稼ぐのがあいつしかいなかったからで仕方なくに決まってるよ」

「それだけで十何年も一緒にいるかなー?」

「それは……でも、それとこれとは違うから!」

「はいはい」


 交友関係を持ち、家に呼んで偶然休暇だった父親と出会ってからずっと好意的なクレアに流されてしまう。


 ちなみにクレアは大剣を振り回せるほどの筋力を持つところが好きなようだ。加えて魅せるための筋肉ではなく、誰かを守るための力というのが何より魅力的らしい。

 全く騎士団とは無縁な家系だけにそこに対しての憧れが昔からあるのだとか。


「もうこの話やめよ。それよりさっきの今週服を買いに出かける話なんだけどさ――」


 どうせこのまま続けてもクレアに勝てないことは分かっているから話を切り上げたミラはそのまま強引に話を戻していった。


 さて、温め直したものとはいえ美味しいことには変わりない妻が作ってくれた夕食を食べ終えありがとうと伝えた後、ディアは話があるとキュールを寝室に呼ぶ。


「わざわざどうしたの? パパが二人で話したいなんて遊んでた女の存在がバレたとき以来じゃない」

「いやいや、その話は今はちょっとなしでお願いできませんかね……」

「ふふっ、わかってるわよ。それで本当になに? また仕事で遠方に行くの?」


 二人でベッドに腰かけ、顔を向き合わせながら一方は真剣な表情でもう一方は暢気な表情でいるから傍から見る分には楽しい。


「仕事のことという面に関して言えば間違いないんだけど、大きな任務を受けることになった。もし一つでもミスをすれば職を失うかもしれないほど大きなことなんだ。だから真面目に聞いてほしい」

「急にそんなこと言われてもねぇ。まあ、最悪死ななかったらそれでいいから。お金は余裕というほどではないけれど、多少貯蓄があるわけだし、それを無事成功させられればパパの出世に繋がるかもしれないんでしょ?」


「まあ、その可能性は大いにあるだろうな」


 実際王女の付き添いなんて遠征団員から成りあがるには特別なコネでもないと不可能に近い。それか圧倒的なまでの実力を有していなければ。


「じゃあ、挑戦すべきじゃない? パパが面倒くさくないならね」


 最後まで優しい表情で話しを続けるキュールを見ていると心に安堵が生まれ、大丈夫だという不思議な自信が湧いてくる。


「ありがとう。頑張ってくるよ」

「あっ、でももし本当にミスっちゃったら荷物だけ玄関先に置いておくから勝手に拾ってどこかに住んでね。お金は全部私が管理しているから」

「あ、あれ? キュ、キュールさん? ちょっとそれは話が違うんじゃ……」

「まあまあ、もしもの話だから。成功すればいいんだから、ね?」

「アハハ…………はぁ」


 現実を見せつけられ、がっくりと肩を落とすディアであった。

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