エピローグ

 その日、裕貴はヴァーレンハイト皇国の名産品となったリナリアをお土産に一人でルイの元を訪ねていた。


 「珍しいな、俺と一対一がいいなんて」

 「少しお話をしたくて」


 裕貴は懐から一通の手紙を取り出した。

 それはキリルからの救援要請を断り敵意を剥き出しにした、楪の名を語ったあの手紙だった。


 「これがどうしたんだよ」

 「キリル様からの救援要請を握りつぶしたのはあなたですね」


 ぴくりとルイの目元が揺れた。

 裕貴はもう一通手紙を取り出すと、それはルイからノアに当てられた輸出入に関する内容がルイの文字で記載されていた。


 「地球には筆跡鑑定という技術があるんですが、その職人がルーヴェンハイトにいまして」


 この二通の筆跡が一致しました、と裕貴は微笑んで口角を吊り上げた。


 「ヴァーレンハイトが戦争を仕掛けてくるのを待っていたんでしょう?悪政を敷く皇王を正義の味方蛍宮が討ち、政治能力のないアイリスが頂点に立ったらそれを助ける形でヴァーレンハイトを手に入れる――というシナリオでしょうか」


 ルイは裕貴を睨みつけたけれど、裕貴は目を細めてにやりと微笑んだ。


 「だからあなたは流司達を守ってくれると思ったんですよ」

 「この野郎」


 くすりと裕貴は笑って二通の手紙を拾ってぴらぴらと見せつけるように振り回す。


 「取引をしませんか、ルイ様」

 「取引?」

 「ヴァーレンハイト皇国の実権を差し上げます。その代わりシウテクトリを滅して頂きたい」


 シウテクトリとは地球人が集う集落だ。

 翔太が言うにはそこではとても口にするのは憚られるような実験や悪行が蔓延している。


 「翔太博士に教えて頂いてから僕も調べました。UNCLAMPの発生源はあの国です。何としても落とさなければなりませんが、かなりの武装でこの世界の戦闘技術では手が出せません。ですが楪様ならあるいは」

 「また汚いとこだけやらせようってか」


 裕貴は相変わらずにっこりと微笑むけれど、ルイは諦めたようにため息を吐いてソファにもたれかかった。


 「だが大義名分が何も無いってのはな。単なる侵略者になる」

 「それなんですが、実はヴァーレンハイト皇国のモンスターの急増。あれはシウテクトリの廃棄物が原因です」


 裕貴は鞄から三センチメートルくらいのミミズのような虫が入ったガラスケースを取り出した。うねうねとしているそれに何かの液体をぽたぽたとかけると、虫の体がぼこぼこと膨れ上がり、あっという間に手のひら大に成長した。

 突然の出来事にルイは思わずがたりとソファごと揺れた。虫を凝視するルイを見て裕貴はにやりと微笑んだ。


 「ルイ様が治めるヴァーレンハイト皇国に害を与える国なんて、野放しにはできないでしょう?」

 「モンスター討伐の当てってのは俺の事か。さてはお前わざと放っておいたな?」

 「いいえ。地球にはモンスターなんていないから震えながら引きこもっていたんですよ」


 しらじらしい笑顔にルイはふんと鼻を鳴らした。


 「シウテクトリにいるのも地球人だぞ」

 「大義に犠牲は付き物です」

 「だがヴァーレンハイトを手放したらお前の望んだ地球人の国はなくなるだろう」

 「ではルーヴェンハイト皇国の実権を差し上げるので一掃した後のシウテクトリを頂けませんか。幸か不幸か、あそこは地球人向けの土地に完成されています」 

 「……そうか。お前そのためにヴァーレンハイトとルーヴェンハイトを手に入れたのか」

 「たまたまですよ。でも無くなる国が二つもあって助かったなとは思ってます」


 運が良かったです、と裕貴はにっこりと微笑んでいる。

 ルイはこの野郎、と冷や汗を流した。


 「……いいだろう。お前の後任はこちらから送る」

 「有難う御座います。ではその方の得意分野をお教え下さい。その分野に力不足だった私がルイ様に助けを求めた――という形を整えますので」

 「お前は世界征服でもしたいわけ?」

 「必要とあらば」


 ふふ、と裕貴は微笑んだ。


終わり

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地球で死ぬのは嫌なので異世界から帰らないことにしました 蒼衣ユイ @sahen

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