第25話 世界を救う地球人

 「ルイ様!今日という今日は絶対に許しませんからね!」

 「ほんっとに!本当に来賓なんだよ!!」

 「キャンセル怒ってるんじゃなくてデート被せてる事に怒ってんの!!」

 「次は私とって約束でしょー!!」


 今日も今日とて蛍宮には女性に追いかけられる皇太子の悲鳴が響き渡っていた。

 それを見る国民もあははと笑っていて、もはや日課だ。

 ルイはぜえぜえと息を切らせてようやく一般人立ち入り禁止の瑠璃宮まで逃げ込んだ。すると、そこにはメイリンの淹れたお茶を飲んでのんびりしている客がいた。


 結衣と流司、それにキリルだ。


 「相変わらずだな、お前」

 「これ聞くと平和を感じる」

 「平和なのか?これが?」

 「いやあ、うっかりデートが三件重なっちゃってさ。久しぶりだな、三人とも」


 あれから結衣達はヴァーレンハイト皇国に戻った。

 ルイはこのまま蛍宮にいて良いと言たのだが、ヴァーレンハイト皇国の国民からグレディアース老に戻って来てほしいという声が上がったのだ。

 けどそれはやはり居づらくて断り続けていたら、蛍宮が老を捕らえているのだろうという疑惑の声に変わり、ついには蛍宮に対する暴動に近い動きになってしまった。


 キリル様は責任を取ると言って戻る事を決め、育ての親でもあるグレディアース老――キリル様と暮らしたいという流司の想いもあり結衣は一緒に戻る事にした。

 自分の事は気にしなくていいとキリルは言ったけれど、やはり孫との生活は嬉しいようで毎日幸せそうな顔をしている。

 それならばとルイはメイリンも一緒にヴァーレンハイト皇国に戻ればいいと言ったけど、メイリンは蛍宮に残る事を選んだ。思うところは色々あるようだが、自分はルイ様に忠誠を誓ったので、との事だった。今は翔太の所で魔法に関する研究を手伝っている。


 和やかにお茶をしていると、楪が誰かを連れて戻って来た。


 「ルイ様また女の子騙したんですか?大喧嘩してますよ、外」

 「充実しているようで何よりですよ、ルイ皇太子殿下」

 「ゆうくん!雛!」

 「結衣ちゃん!久しぶり!」


 裕貴と雛はルーヴェンハイトにいる。

 といっても定住してるわけではなく、裕貴が忙しく東奔西走しているのでそれに合わせて各地を転々としているそうだ。


 裕貴は今、ヴァーレンハイト皇国とルーヴェンハイト皇国の政治体制の立て直しを行っている。

 皇族絶対だった両国は政治を牽引していた指導者を失ってしまったため、これからどうしていけば良いのか誰にも分からなくなっていた。

 ならば新しい代表を立てようという話になったが、それでは次の皇王を作るだけで意味が無いとなった。蛍宮を参考にするという意見もあったが、蛍宮は軍事国家でルイが絶対的君主だから結局は同じだ。

 すっかり手詰まりになった時、裕貴が言ったのだ。


 「特定の血統を支配者にするのが嫌なら、国民から代表選び政治を行う内閣を作ったらどうかな」


 象徴天皇制と三権分立だ。

 確かに皇族は反感を買っていたが、何しろヴァーレンハイト皇国は魔法大国だ。皇族がいなくなり強大な魔法が失われていく事には国民も不安があったらしく、ならどちらも残せばいいんじゃないかな、という事で決定したらしい。

 ただこれは日本の制度だ。どうやってやっていけばいいのか具体的に知っているのは地球人だが、流司はもちろん私も雛も政治の実態なんてよく分からない。けれど裕貴はそれを説く事ができるのでアドバイザーとして活躍している。


 「ヴァーレンハイトはどうだ?土地は回復したか?」

 「はい!楪様が水を引いてくれたからもうすっかり!夏になればお米も収穫できるし、あとは果物が育てば完璧かな」

 「農業拡大で仕事も増えたから難民の働き口にできました。国民が収入を得て経済も回り始めているので予定通りです」

 「じゃあモンスターも全部片付いたのか?」

 「それはまだです。何しろあの国には戦闘技術が無いですからね。けど討伐の当てはあるのですぐに片付く予定です」

 「おい!まさかルーヴェンハイトの軍動かすつもりじゃねえだろうな。許可しねえぞ!」

 「ノア、先にルイ様にご挨拶なさって下さい」


 侍女に案内されて登場したのはずっと裕貴に名を貸していたノア=ルーヴェンハイトとアイリスだった。

 なんとこの二人恋人同士だったとかで、騒ぎが終わってこれ幸いと結婚してしまった。けれどこれが両国が結託した証明にもなって歓迎されている。

 特に老若男女問わず魅了する若く美しい皇后アイリスの存在は国民の励ましになっているようだ。


 「元気そうだな。美味しいとこどり夫婦」

 「それは元々裕貴の提案だぜ?顔と名前を貸して引っ込んでればアイリスくれるって」

 「ヴァーレンハイトを継がなくてよくなりましたし、裕貴様にはお礼をしてもしきれません」


 ルイに言わせれば『何もしてないノアが一番得してる』だそうだ。

 それはそうなのだが、裕貴がこれだけ色々できがのもノアの名を借りていたからこそでもある。それを思えば最も感謝すべき人かもしれない。

 ノアは皇子ではあったがフランクというか親しみやすいというか、はっきり言えば柄が悪い。

 けれど第一皇子と第二皇子は権力とお金を重視する人達だったせいか、国民が一番好ましく思っているのはノアだった。政治の穴埋めは裕貴がやっているのでノアの生活は実質アイリスを手に入れてハッピーなだけだ。


 「俺の幸運はノアの力を借りれた事だよ。有難う」

 「協力しないと殺すって言ったくせによく言うぜ」

 「誤解だよ。ただ命を奪わずとも社会的に抹殺する方法はいくらでもあると言っただけで」

 「ほらな!?こいつこういう奴なんだよ!」


 それは全員薄々気付いていた。

 今回亡命するにあたり、裕貴はあれこれと手を回していた。


 「お前ら騙されるなよ。こいつはテメェの目的のためにこの全員利用しただけだからな!」

 「人聞きの悪い言い方するなよ。全員の利害を一致させただ」

 「そのために皇王けしかけて蛍宮まで引っ張り出したって?っか~!」


 早乙女の腹は黒いからな、とキリルもクスクスと笑っている。

 何の事かピンと来ない結衣はつんつんとキリルの手を突いた。


 「何の話ですか?」

 「ああ、早乙女は地球人の国を作るつもりなんだ。それであちこちの人間を動かしてる」

 「……国作り?」

 「早乙女、いい加減ちゃんと話したらどうだ」


 別に隠す必要も無いだろうとキリルに言われて、裕貴はうーん、と少しだけ首を傾げて気恥ずかしそうに笑った。


 「この世界には大勢の地球人がいる。少なくとも千人、おそらくもっとだ。その中で俺達のような幸運に恵まれるのはほんの一握りだ。だからせめて穏やかに過ごせる場所を作りたいと思ってるんだよ」

 「えー……できる?そんなのどうやるの?どこに作るの?」

 「できるよ。もうすぐ無くなる国をそのまま譲ってもらうんだ」

 「あ、ヴァーレンハイト?」


 三年も経たず崩壊すると言われていたヴァーレンハイト皇国だ。


 「あそこは土地が広いから開拓さえできればいいんだよ。だから楪様の力を借りれればと思って流司達には先に蛍宮に行ってもらったんです」

 「うまい事言ってんじゃねーよ。こいつの狙いは自分がヴァーレンハイト皇国の支配者にすげ変わる事だからな。そのためにキリルのおっさんを利用したんだ」

 「国民の現状を憂いているキリル様にお力添え頂いたんだよ」

 「まあ私も地下都市の復興に早乙女の知恵を借りたしな。だが裏があるだろうなとは思っていたよ」


 グレディアース老に扮していたキリルは地下都市に籠り、やっていたのは国民の安全を守る事だった。

 

 「ようするに蛍宮にヴァーレンハイト落としてもらうための駒にしたんだろーが!」

 「おい。何なんだよ。話が見えない」


 ぽんぽんと話が進んで、流司も話が良く分かっていないようだ。

 キリルはクスクスと笑っているだけで教えてくれないが、頼まずともノアが語ってくれた。


 「だ~か~ら!こいつはヴァーレンハイトが欲しいけど皇王が邪魔なわけだ。だから勝利確実楪サンにやってもらおうってわけよ。けど蛍宮だってタダじゃ動かないだろ?なら蛍宮が皇王を討たざるをえない状況にすればいい。そこでこいつは皇王に蛍宮を攻撃をして貰うことにした。皇王が攻撃する理由は誘拐されたアイリスとメイリンの奪取。つまり!お前らは誘拐犯役として必要だっただけ!お前らのためじゃねえから!」


 ちらりとゆうくんを見ると笑顔でお茶を飲んでいる。

 幼馴染の視線を一身に受け、にっこりと笑顔を見せた。


 「そんなわけないじゃないか。みんなを守るためだよ」

 「嘘だな。こいつら見つけたのだって偶然で、探してなかったじゃねーか」

 「え?そうなの?探してくれてたんじゃないの?」

 「探してねーって!楪サンを味方につける保険として術力補填できる技術、リナリアだな。あれを蛍宮に知ってもらいたくて、そのために白羽の矢を立てたのがマルミューラド=グレディアースだ。それがたまたま幼馴染だったんだよ」


 しいん、と静まり返った。

 楪はどうでもいいような顔をしているが、地球人組はじとっと裕貴を睨んでいる。


 「……何でマルミューラド様が流司だって分かったの?十歳も年取ってて」

 「流司はルーヴェンハイト留学中にノアと会ってたんだよ。面接履歴とその会話は記録されているんだけど、お前面接で棗流司って名乗っただろう」

 「名乗ったけど……」


 流司もこちらに来てから地球人探しをしていた時期がある。

 その時に地球の技術を持っているような噂を聞き、ルーヴェンハイトへ赴いたのだ。それでか、と流司も結衣も納得したけれど、ノアはまた大きく手を振ってこれ見よがしなため息を吐く。


 「マルミューラドに目付けたのもアルフィードに可愛がられてて利用価値高いからだ」

 「アルフィード様の事も知ってるの!?」

 「謁見とパーティの時に何度かね。皇王亡き後国を支えるのは彼だと思っていたよ」

 「おかげで今アルフィードを動かしてヴァーレンハイトを好きに動かしてんだよ。けっ」 


 結衣も流司もぽかんと口を開けていた。

 実際今のヴァーレンハイト皇国はアルフィードが柱となっている。新しい政治制度についてはやはり良く分からないようで裕貴が主導を取っているが、新参者がトップでは納得しないだろうという事でアルフィードを表に立たせた。

 黒幕はこいつだから!と叫ぶノアの様子にキリルも拍手をした。


 「しかし実に見事な手腕だ。政治にも商売にも学にも長け、何より人心掌握がうまい。ぜひヴァーレンハイト皇国の指導者に立ってほしいと思ったが、それも狙い通りだったというわけだ」

 「評価頂けて大変光栄です」


 結衣達が亡命を始める前からキリルと裕貴は接触をしていた。

 キリルは流司を拾って聞いた情報から、地球の技術はおそらく国を救うだろうと確信をした。そしてそれはルーヴェンハイトで急速に発展し、おそらく地球人がいると踏んで同じく地球出身と思われる流司をルーヴェンハイトへやったのだ。

 キリルがアイリスに言った、新しい指導者に相応しい人物というのは裕貴の事だった。


 「早乙女には驚く事ばかりだ。言葉を流暢に話し文字も書ける。地球人の問題は言葉と文字だというのにそれをものともしない」

 「規則性さえ理解すればこちらの言葉は割と単純ですからね」

 「単純じゃねーよ……」


 結衣に掛けられていた自動翻訳は、姿を変える術と同じくキリルが施したそうだ。

 多数の地球人を知り言葉が問題になっている事を知るとすぐに翻訳できる術を開発したらしい。

 すると、ここまで興味無さそうな顔をしていた楪様が口を挟んだ。


 「けどさ、これで本当に流司達が死んだらどうするつもりだったの」

 「ルイ様が守るとお約束下さいましたから」

 「ルイが裏切ったらどうするの」

 「そんな方じゃありませんよ。信じていました」

 「なら最初から君もこっちにくればよかったじゃない」

 「あ~!ダメダメ!こいつは蛍宮がヴァーレンハイトを引きつけてる間にルーヴェンハイトを手に入れたかったから!」


 水を得た魚のごとくノアが身を乗り出してきた。裕貴の頭をぽんぽんと叩き続ける。


 「そういやお前、俺達と別れた後何してたの?」

 「ルーヴェンハイト都市部の改善と経済回復だよ。ルーヴェンハイトは住居が足りてないから難民を採用して建築に着手したんだ。それに魔法道具を作る事は出来てもそれを活用する場は多くない。だから輸出ルートの確立とヴァーレンハイト再建での活用方法を考えてたんだ」

 「ついでに今回の暴動で第一皇子も第二皇子も死んじまったから実質頂点はこいつだ」

 「あそこはお前の国だろ」

 「皇族は政治に不参加って決めたのお前だろ!実権お前じゃねーか!」


 ぎゃあぎゃあと騒いでいるけれど、何だかんだバランスはよさそうだ。アイリスはにこにこと微笑んでいる。


 キリルのやった事や裕貴のやってるいる事は、正直なところ結衣には良く分かって無い。

 ただボタンをかけ間違えてしまっただけで、大騒ぎする必要なんか無かったような気がしている。

 けれどこの世界は交通や連絡手段が乏しく、連絡を取り意思疎通を図るのが非常に難しい。物資輸送なんて簡単ではない。

 しかしその問題は翔太が着手しているようで、電波を魔法でどうにかすればいいよね!と言ってその開発をしているらしい。

 メイリンが魔法を見せて道具にするところを手伝う事で叶うのでは、と言っている。


 魔法は奇跡ではない。魔術は奇跡だが有限だ。けれど人の手で生み出す科学は無限で、奇跡は目に見える形になる。


 「世界を救うのはしょーたんかもしれないね」


 結衣達はようやく穏やかな暮らしを手に入れた。

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