第9話 棗流司

 「説明してないわけ?」

 「時間無かったんだよ」

 「そうだったんだ。そりゃ混乱するね。あのね、私達は」

 「説明は後だ。裕貴、《蛍宮》へ行く手はずは整ってるんだろうな」

 「ああ。ここから先にある地下港だ」


 結衣の事など無視して話を進められ、もう何を考えたらいいのかも分からない。

 さっきまでマルミューラドを掴んでいた手は土を握りしめた。ぼろぼろと涙がこぼれた。

 しかしそんな動揺を落ち着かせる時間はくれなかった。

 火薬の匂いと物凄い熱気が波のように押し寄せ、巨大な火柱が立ち上がるのが見えた。


 「あれは陛下の魔法!まさか陛下がお戻りに……!」

 「さすが皇王は馬鹿じゃないな。走るぞ!裕貴、お前は雛を」

 「いや、俺は残る」

 「は!?」

 「な、何言ってるの裕貴君!!殺されるよ!!」


 結衣が混乱して暴れる中、今度は裕貴が混乱を呼んだ。

 けれどそれに構わず裕貴はマルミューラドに向かって何か説明をし始めた。


 「いいか。逃げる場所を教えるから今覚えろ。ここから北北東に二十メートル行くと地下への扉がある。これが鍵だ。必ずお前が開けろ。お前以外が明けるとトラップが発動するからな。降りたら迷路になってる。進むとすぐに枝分かれするから、まずは右、次は右、右から二本目、左、右から三本目、左から二本目、左、右、右、右から四本目、左から五本目。そのまま真っ直ぐ行くと海にでる。浜辺に出たら左手に小屋がある。その小屋の地下室に入れ。いいか、左だぞ。これで内側から魔法鍵を掛けられる。鍵をかけると幻術がかかって迷路になるんだ。これはヴァーレンハイト皇国の魔法じゃないからこの国の連中じゃ絶対に解けない。そこから先、実際は一本道だ。できるだけ物理罠もしかけておけよ。俺はここからは追いかけないから誰か来たら間違いなく敵だと思え。奥までいくと小さい港がある。七日後ここに蛍宮から迎えの船が来るからそのまま蛍宮へ行くんだ。この通行許可証を見せれば俺の紹介だと分かる。絶対に無くすなよ」


 あまりにも情報量が多くて結衣は全く聞き取れなかった。

 流司は混乱しながらも頷いてそれを聞き、隣ではメイリンも真剣な顔で聞き取っている。


 「それは分かったけど、何で残るんだよ!今残る理由ないだろ!」

 「いや、魔法兵団が出て来た。あれに追いつかれたら終わりだ」


 裕貴の視線の先にはヴァーレンハイト皇国の紋章が描かれた黄金の旗が見えた。黄金の旗は国軍である事を示し、ヴァーレンハイト皇国においては魔法兵団が逸れに該当する。


 「大丈夫だって。これでも反皇王派を弾圧する数少ない皇王の味方、ノア=ルーヴェンハイトやってるからな。三カ月後に蛍宮へ視察の予定があるからその時に合流するよ」

 「無理だ!手を貸したってバレたら殺されるぞ!」

 「アイリス皇女を攫う暴漢を追ってたけど逃げられたって事にするから大丈夫だって」

 「けど避難経路がすぐそこなら残る必要無いだろ!」

 「だから!!約束したろ!!俺とお前の役目は違う!!」

 「そ、それは……」


 裕貴とマルミューラドは何か言い合いをしたけれど、マルミューラドは言い負かされたようだった。

 しかし結衣には役目だの何だのと言う話の意味が分からず混乱するばかりで、知らず知らずのうちにメイリンに縋りついていた。

 そして、言い合いに決着がついたのか、マルミューラドはぐっと堪えて裕貴を見つめた。


 「……大丈夫なんだろうな」

 「ああ。けど俺が足止めできるのはいいとこ五日だ。二日間はお前が何とかしろ」

 「信じるからな」


 裕貴はメイリンの事も知っているようで、メイリンも分かりました、と何の疑問も無く信じているようだった。

 マルミューラドはまだどこか納得いかない様子だったけれど、裕貴に背を向けて結衣を抱き上げた。もう暴れる気力も無くて、結衣は震えるしかできなかった。

 けれど、裕貴はそんな結衣の頭を撫でてにっこりと優しく微笑んだ。


 「結衣。流司のこと信じてやってくれよ」

 「え?」


 急に告げられた幼馴染の名前に震えたけれど、その裕貴の目線はマルミューラドへ向けられていた。


 「行け、流司!」

 「三カ月だぞ!絶対来いよ!」


 結衣は裕貴が流司と呼んだマルミューラドを見上げた。

 思い出すのはチューリップの名札。あれはどんな意味で渡されたのだろうか。


 「裕貴君!嫌だ!一緒に行く!裕貴君と残る!りゅーちゃん放して!」

 「お前がいても足手まといなんだよ!裕貴を信じろ!」

 「いやあ!!」

 「メイリン!そいつ連れてこい!」

 「は、はい!」


 そして、裕貴は笑顔で結衣達を送り出すと、ふう、と息をついた。

 裕貴がくるりと振り返り城を見上げると、ようやくバタバタと警備兵が追いかけてきたようだった。


 「さあ、勝負だ」


 つう、と裕貴の額に汗が流れた。

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