第8話 早乙女裕貴と一ノ瀬雛
抱きかかえられたまま非常階段や隠し通路を抜けて行くと外に出た。
どこかの塔の裏口のような扉から出たようで、周囲は鬱蒼とした森になっている。この森がどこかの庭園なのか侵入者対策の森なのか、はたまた別の森なのか、いくらきょろきょろと周囲を見渡しても結衣には見覚えのない場所だった。
もしマルミューラドからもルーヴェンハイトからも国民からも逃げなけばならない場合ここからどうしたらいいか見当もつかなかった。
(メイリンがいないとこんなに何もできないなんて……)
警戒していたつもりだったのに、皇女になり平和ボケをしていたのかと結衣は唇を噛んだ。
しかしその時ガサガサと背後の木々が揺れた。猫や犬が通る程度の揺れではない。人の身長分くらいの高さは揺れていて、パキ、と小枝を踏みつけるような音もする。
(誰かいる!!)
結衣はぎゅうっとマルミューラドにしがみ付いた。
信用していいかいけないか分からないはずなのに、それでも縋らずにはいられない。
「……大丈夫だから」
マルミューラドはいつものようにクス、と笑った。そして、結衣の口に詰め込んでいたマントを抜き取り捨ててから地面に降ろした。
「あ、あ、待って、待って下さい」
「何だ。まだ腰抜かしてたのか」
降ろしてもらったのは良いものの、立つ事ができずにぺたりと座り込んでしまった。
マルミューラドにも、はは、と小さく笑われてしまった。
「ほら、おいで」
そう言ってマルミューラドは結衣に手を差し伸べてくれた。情けなさと恥ずかしさで顔が熱くなる。
「子供じゃないんですよ……」
精一杯強がるけれど立てずに震えていては格好もつかない。マルミューラドは再び面白そうに笑った。
「お前それ、いつも俺が言ってたやつ。子供扱いされる気持ち分かったろ」
「……いつも?」
果樹園でそんな子ども扱いをしただろうか。むしろ様付け敬語丁寧語で接していて、どちらかというと子ども扱いをされていた記憶がある。
何を言ってるんだろうと首を傾げると、茂みの揺れがどんどん近付いて来て、結衣は慌ててマルミューラドに抱き着いた。
「だから、大丈夫だって」
「だ、だって、誰か、ルーヴェンハイトか国民かもしれない!城の人じゃ無かったら」
「城の人だったら困るっての」
「どう、どういうことですか?だって逃げないと」
「何から逃げるのかって話だ」
「え?何って、そりゃ……」
マルミューラドにまた頭を撫でられて、大丈夫だから、と腰に手を回された。
(うわ)
恋人いない歴十八年。いくら緊急時とはいえあまりにも距離が近くて、伝わってくる体温に身体が動かなくなった。
しかし女性人気の高いマルミューラドは慣れているのか何も感じていないような顔でいるから何だか悔しい。
(じゃない。そんなこと考えてる場合じゃない)
結衣はぷるぷると頭を振って、再びマルミューラドにしがみ付いた。
そしてついに森の中から誰かが出て来て、結衣はぎゅっと強く目を閉じて抱き着く腕に力が入る。マルミューラドはその間も大丈夫大丈夫、と言ってくれているけれどそれでも恐怖は拭い去れない。
けれど次の瞬間にマルミューラドが呼んだ名前に結衣は身体を揺らした。
「裕貴!雛!こっちだ!」
「……なんて?」
それは、結衣の幼馴染達の名前だった。
(何でこの人が……でも、そうだ、りゅーちゃんの名札持ってた……)
がさりと森の中から男女が出て来た。
「さすが。時間ぴったりだな」
「当然」
「二人は怪我無い?平気?」
「ああ、問題無い。ちょっと腰抜かしてるけど」
聞き覚えのある声だった。
それもそのはずだ。そこにいるのは――
「……ゆうくん?雛?」
「あ、やっぱりそれが結衣なんだ」
「え!?結衣ちゃん!?じゃあこれがアイリス皇女の顔なんだ。肖像画あんまり似ていないね」
「この世界は絵画って重要視してないから教育体制無いんだよ」
結衣、と言った。
ここにいるのがアイリスの顔をした結衣だと知っているのだ。
「久しぶり、結衣。大丈夫か?」
「大丈夫なわけないじゃない。怖かったよね」
ぎゅっと抱きしめてくれたのは雛だったけれど、よくみると雛よりも年上のように見える。
それにショートボブだったのに今は腰あたりまでのロングヘアになっていた。
裕貴も少しばかり歳を重ねたように見えるけれど、その顔は間違いなく裕貴だ。ただ何故かやたらと高そうな服を着ていて、それは妙にしっくりきている。
呆然としていると、また茂みが大きく揺れた。しかもかなり急いでいるような揺れ方で、結衣はまたマルミューラドに抱き着いた。
そして森から飛び出してきたのは予想だにしない人物だった。
「結衣様!」
「……メイリン?メイリン!?」
「そうですよ。ああ、よかった。御無事ですね」
え、と結衣は違和感を感じた。
メイリンが結衣と呼んだのだ。それはこの世界の人間は知らない名前のはずだ。
「何?何が起きてるの?何なの!?」
「大丈夫だから落ち着け。それより追手が来る前に逃げるぞ」
「ま、待ってよ!何なのよ!城に暴徒を引き入れたのはあなた達!?」
力なくマルミューラドを突き放すと、やはり立てずに座り込んでしまった。
メイリンが即座に駆け寄り支えてくれたけれど、他の三人はきょとんとして首を傾げた。あれ、と裕貴はコツンとマルミューラドの肩を叩いた。
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