第10話 ファンタジー世界のセキュリティ

 漆黒の柱に黄金の装飾が輝く荘厳な宮廷が直径二キロメートルはありそうな池の中にぽつりと浮かんでいる。

 池の周囲は紅葉した葉が彩る樹木で埋め尽くされ、鏡のごとく景色を映す水面も紅く染まっていて美しい。その美しさを崩す叫び声が響き渡った。


 「ルイ様!どうしてデートに他の女が付いてくるんですかっ!?」

 「何言ってんのよ!ルイ様とデートの約束してたのは私よオバサン!」


 そこでは二人かの女性がルイという男性を取り合っていたが、男は「じゃあ今日は両方キャンセル」と軽く笑って女性達の腕からするりと抜け出た。怒鳴り散らす女性達を尻目にひょいと橋を飛び越えたが、行き着いた先はまた女性だった。


 「結衣。雛。メイリン」


 ルイが駆け寄るった先は結衣達だった。

 三人は手に持っていた果物がぎっしり入った籠を降ろして恭しくぺこりとお辞儀をした。

 けれど、後ろの方でルイを探し回る複数の女性の声が聞こえてくると「またですか」と結衣は呆れ果ててため息を吐いた。


 「デート件数が多くて管理が行き届かなかったんだよ。それよりあいつは?」

 「果樹園に。リナリアの移植が上手くいかないみたいで付きっきりです」


 またか、とルイは呆れ半分感心半分で息を吐いた。


 ここは《蛍宮》。

 ヴァーレンハイト皇国からはるか東に位置する島国で、結衣達が亡命してきた国である。


 裕貴に言われて逃げ込んだのは地下洞窟だった。

 しばらく歩くと切り取ったように岩壁が終わり、そこから急にファンタジーにあるまじき銀の金属鋼板で作られた壁になった。正面には同じく銀の扉があり、そこにはカードスロットのような細い隙間とテンキー、小さなタッチパネル、そして小さなLEDランプが二つ並んでいた。

 結衣は突如現れた地球の機器に驚き、メイリンはこれらの存在自体に驚きぺたぺたとあちこち触り出した。


 「まあ、これはなんですか?」

 「地球の機械そっくり……洞窟の中に急に出てくるのはゲームっぽいけど……」


 結衣がここにいるのだから地球人が他にいても不思議ではない。いや、UNCLAMPが全員こちらにいるなら相当な人数がいる事になる。だがこんな高度な開発がされているとは夢にも思っておらず、結衣はため息を吐いた。

 メイリンとは逆にマルミューラドは慣れた手つきでテンキーを叩き、内ポケットからカードを取り出しスロットへ差し込んだ。するとLEDが緑に光りドアがシュッと開き、全員が中に入ったらまたロックを掛けた。


 中に入るとそこには地下とは思えないホテルのような部屋が広がっていた。

 天井に埋め込み式の電灯とエアコンのような機械。壁には大きなモニターが設置されており、空の映像が映されていてとても地下とは思えない爽快感だ。

 マルミューラドは三つある扉にカードキーを差し込み解錠し、各自に部屋を与えてくれた。

 そこで結衣はようやくマルミューラドの腕から降り、へなへなとソファに座り込んだ。


 「雛は?」

 「寝ています。疲れたのでしょう」


 当然のように雛の名を呼んでいるけれど、結衣にはまだ分かっていなかった。

 雛と呼ばれるあの女性はどうみても雛より年上で、二十代に見える。外見年齢は人さまざまあるだろうが、少なくとも同じ十八歳ではない。

 それだけではない。結衣はマルミューラドを見て裕貴の言葉を思い返す。


 『行け、流司!』


 結衣はじいっとマルミューラドを見た。

 どこからどう見ても二十歳前後の男性で、間違っても十歳ではない。幼馴染の棗流司ではなく同姓同名の他人だという方が自然だ。

 しかし裕貴は「流司を信じてくれ」と言っていた。それは年齢は合わないけれどこの男が棗流司だという意味にも取れる。 

 結衣が疑惑の目を向けていると、それに気付いたマルミューラドは困ったように笑った。


 「悪いな。十歳の可愛いりゅーちゃんじゃなくて」


 びくっと結衣の身体が震えた。

 マルミューラドは結衣とは少し離れた位置にある直線的で現代日本にありそうな椅子に腰かけた。


 「地球とこっちは時間軸が違うらしい。地球の一日はこっちの一年。俺はこっちに来てもう十年経ってる」

 「……りゅーちゃんがいなくなってまだ十日くらいです……」

 「だから、そっちの十日はこっちの十年なんだよ。裕貴と雛は四年くらいだったかな」

 「あなたがりゅーちゃんだっていう証拠はあるんですか」

 「無い。信じたくないならマルミューラドでいいよ」

 「……あなたがりゅーちゃんなら、マルミューラド様は、存在、しない人だったんですか…?」

 「俺はお前みたいに入れ替わったわけじゃない。こっちの名前がマルミューラドってだけだ」


 マルミューラドは結衣にとっては果樹園で出会った魔法の研究をしている男だった。

 リナリアや魔法のようなペンをくれて、あのわずかな時間は結衣がこの世界に来て一番心が高鳴った時間だった。まるでそれが作り物だったとでも言われたような気がして、結衣は肩を落とした。

 驚かれこそすれ、まさかこんあ露骨にがっかりされるとは思っていなかった流司は複雑な心境になったが、ふう、と一度息を吐くと頭を切り替えた。


 「それは後でゆっくり脳内整理してくれ。それよりまず現状認識をしてもらう」

 「……何ですか?」

 「俺達はルーヴェンハイトから逃げるんじゃない。ヴァーレンハイト皇国から亡命するんだ」


 頭も気持ちも何も整理できておらず、追加で言われた情報は頭に入って来なかった。

 はあ、とどうでもよさそうに返事をしてから椅子にゆっくり腰かける。


 「殺しに来るのはヴァーレンハイト皇国っていう事ですか……?」

 「違う。まず、発生してる出来事は二つだ。一つはルーヴェンハイトと国民が皇族を討つ反乱。もう一つが俺達の亡命だ。皇王が追って来てるのはお前個人で、城で起きてる暴動とは関係無いんだ」

 「ふうん……」


 結衣の気のない返事にマルミューラドは眉をひそめて結衣を睨んだけれど、それにも気付かない結衣は目を泳がせているだけだった。

 流司はこれみよがしに大きなため息を吐いて立ち上がった。


 「続きはまた明日にしよう」

 「そう?」


 結衣は興味無さそうに口を尖らせぼんやりと部屋の中を眺めていた。

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