第4話 釈然としない

 大理石のように真白い壁が目に入る。目を動かしてもいないのに星屑のようにキラキラと瞬いている。

 ふかふかとした感触を体の下に感じながら思う。知らない天井だ…。


 なんて。

 流石に2回目に見る天井だってことは覚えている。


 なんだっけ。なんで寝たんだっけ。よく思い出せない。まだ寝起きで頭がぽやぽやしている。

 確かあの女と喋ったことまでは覚えている。どうして寝てしまったのかは覚えていないけど。


 とそこまで思い返して大きな波のようにどんなことを話したのか次々と走馬灯のように浮き上がってきた。

 恥ずかしげもなく最悪な女の前で泣いてしまったこと。その最悪な女に詰められて最悪なことに胸の高まりが収まらなかったこと。


「……まじか私」


 ほら、今もあの女のことを思い浮かべるだけで気が付いたら鼓動が早くなっている。

 ……信じたくない。


「はぁ~~~~……」

「今回は嫌な夢でも見ましたか?」


 出たよ。もう驚かない。

 ちらと横目で見るとやっぱり。前と同じくあの女がいた。おんなじ格好で、おんなじ椅子に座り、おんなじような台詞を吐く。


「またいるの」


 そういうとクスリと申し訳程度に笑う。芝居臭い。

 そしてそれから数秒の間があく。だが私にもそれ以上に続ける会話も持っていない。どうせ帰れないんだったら……


「本当に帰れないの?」

「ええ」

「絶対に?」

「そんなに帰りたいのですか?」

「当たり前でしょ」

「そうですか。珍しいですね。ここに召喚されたあなたの同胞は皆一様に喜んでいたというのに」


 まぁそうでしょうよ。今や超人気ジャンルの異世界転生・異世界召喚。それが本当にあったこと。そして昔から超人気のファンタジー世界というおとぎ話のそれが目の前に開かれているのだから。

 これで興奮しない人はいないと思う。現に私も怒りと戸惑いの下で興奮してたことは認める。


 でも、やっぱりそれとこれとは別なのだ。

 巨人がはびこる世界の漫画が好きでも、実際にその世界に行きたいとは思わないし、RPGの鉄板であるモンスターを狩って生活費を得て暮らしていく、なんてのも小学生の頃は憧れたが今実際にやりたいかと言われれば話は別だし答えはノーだ。

 だって現実世界では命は一つしかない。当たり前だ。痛みもあるしコンテニューもできない。知見を得、情報を得てからもっかいニューゲームもできない。


 よほどの戦闘狂か狂ったやつかチート級の能力を持っているやつ以外はきっとそのうち気づくだろう。どれほど前の世界が良かったか。

 殺される心配も薄い、モンスターなんてものがいない、嫌な思いをすることは多いけれど、それでもその極々ありふれた平和な人生を送れてきたのが自分にとってどれほど幸運であったのか。

 私はその気づきに早いうちに気が付いただけだ。そのうちに彼らがそれに気づいて、元の世界が恋しくなり戻りたいと言い出したら、このお姫様はどうするつもりなのだろう。


「その同胞たちもそのうち言い出すよ。元の世界に帰りたいって」

「ふふ、そうでしょうか」

「あ?」


 女が少しだけ笑みを深める。それが妙に心に引っ掛かりを残した。


「それより、体の調子はいかがですか?」

「……なんでそんなこと聞くの」

「あなたにはそろそろ能力の開花と訓練をしてもらいたいなと思いまして」

「能力?……それを拒否したらどうするの」

「そうですね。このお城にあなた達を住まわせお世話をしているのはあなた達の貢献を願っての行いです。慈善的なものではありません。ですので貢献をしてくださらない方は手荒になってしまいますが、このお城からお暇してくださればと」


 つまり国の為に働け、働かなければ出ていけってことね。まぁ、それはそうだろう。それはそうだろうけど、なんだか釈然としない。


 だって勝手に、こちらの了承の伺いもせずに勝手に異世界なんかに連れてきて、国のために命を賭して戦えって、そんなのまるで徴兵だ。

 しかも生まれ育った国ではなく、誘拐を国家ぐるみでしている、まだ何にも知らない国に尽力を尽くさなきゃいけないなんて、悪夢以外の何物でもない。


 モヤモヤする。釈然としない。

 で、この国のために働かなければ出ていけとこの女は言う。冗談ではないだろう。すぐさま実行しそうだ、この女は。

 私だって出ていけるのならこんな城今すぐにでも出ていきたい。でも、今出ていったとして、右も左もわからない異世界でどうやって生きていける? 自分の能力も戦い方もわからないままで。


 嫋やかに微笑むこの女は、私が出て行くなんて言い出すとは露程も思っていないのだろう。そしてこの女の思惑通りに自分が洋々と進んで行っていることに苛立つ。

 せめてもの当てつけに、大きくため息を吐いた。


「……わかった。いつから? 今すぐ?」

「あなたの気が向いた時間でいいですよ」


 よくもまぁそんな建前をニコニコと笑顔で言えるものだ。気が向いた時間でいい、なんてこれっぽっちも考えていないくせに。

 もし本当に気が向いた時間でいいのなら、国のために尽くせ。じゃなきゃ出ていけ、なんてこと面と向かって言わないでしょ。


 苛立つ気持ちをぶつけるように勢いをつけて、ムカつくぐらいふかふかなベッドから出た。そして庶民に対しての嫌味かと思うくらい広い部屋のドアを開ける。


「で、能力ってのはどうやってわかるの」

「その前にお食事はいいのですか?」

「どうやってわかるの」


 今は仕方がないから従おう。でもこの世界を知って、一人で生きていけるような知識も力も身に付けたら。そうしたら。

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