第5話 そもそもなぜ私たちを異世界から召喚するのか

 そもそもなぜ私たちを異世界から召喚するのか。

 それは他国との戦争、競争。魔王の討伐。ここら辺が関係しているらしい。


 建前に建前を重ねてグネグネ曲がる細道のように話を湾曲させ核心をひた隠そうとするお姫様の話を噛み砕いた。


 隣接する国々と昔から仲が悪い。

 冷戦状態でいつ戦争が始まっても誰も驚かない。

 そしてこの世界には魔族や魔物を使い人間と敵対する魔王がいる。

 その魔王をどの国が先に討伐できるか仲の悪い国同士で躍起になっている。


 「害があるから」「人間の敵だから討伐」というのは建前で、実際は仲が悪い国同士の、こっちの国のほうがお前らの国よりも優れてるんだぞ、強いんだぞっていう所謂マウントの取り合いに魔王討伐というは使われている。


 で、そのマウントの取り合いに勝つために呼ばれたのが私たちということ。

 召喚を何度かして気が付いたが、異世界から来た人たちは何故か分からないけれど大なり小なり何らかの能力を持ってこちらの世界に渡ってくる。

 それは信じられないくらいに強い力だったり、異世界で生まれた住人が習得するには平均で何十年もかかる魔法を即座に使えたり。

 でもそんなに強い力を持った人たちばかりではない。期待したほどではない能力のほうが多い。

 なのでを狙って召喚を試みている。

 


 予想はしていたがなんともまぁ、至極馬鹿馬鹿しい話だった。


 ムカムカと心が煮え立つ。

 そんな、そんなくだらないことで私は。宝くじのくじ券のように召喚されて。それもマウントの取り合いの道具にされるために? こんな知りもしない国のために戦えって?


 阿保らしい。馬鹿らしい。そんな幼稚なことを何百年もしているというのだから本当にあきれる。魔王に同情する。できることなら魔王に加勢してこの国とこの国と仲が悪い国もろとも滅ぼしたい。


 そんなことを私が言い放っても、ニコニコ。ニコニコと。女はずっと笑みを浮かべたままだった。

 

 所で、そんなにほいほい異世界という途方もない場所から人を召喚できるのか。仕組みはどうなってるのかと聞いてみた。

 だっていくら何でもそんな魔法馬鹿げている。馬鹿げているレベルの、チートもチートの特大魔法だ。異世界から人を召喚するなんて。改めて考えたらおかしすぎる強さの魔法だ。

 元の世界では、「異世界は本当に存在する!」なんて最悪病院送りの妄言なのに。この世界では異世界は当たり前に存在している世界だと認知されていて、尚且つその何歩も先を行く行為、異世界から人をこっちに召喚しているなんて。

 しかも最初の数人は、異世界から召喚したら能力が授けられているから召喚する。といった目的がなかった。そのことが本当に恐ろしい。

 最初期に召喚されていた元の世界の住人たちは一体何の目的があって召喚されていたのだろう。

 

 そのことも、お姫様お得意の真意をひた隠した質問で聞いてみた。

 「最初期に召喚された元の住人たちは今どうしているのか」と。

 するとその質問には「元気でいますよ」と何のこともないように答え、召喚の仕組みや頻度に関しては秘密ですと変わらぬ顔で微笑む。

 でもその笑みは、いつもの笑みよりいっそう薄気味悪く感じた。


 閑話休題。


「つきました」


 という女の声で会話が終わる。

 ドアと呼ぶには大きすぎる扉を、両隣に立っていた兵が息を合わせて開扉した。

 その兵は私をちらりと見て眉を寄せたので、私が召喚された時の無礼ぶりはもしかしたら城中に広まっているのかもしれない。


 私の手の平よりも分厚い扉を抜けて、だだっ広いホールの中央に女は向かっていく。

 それに遅れながらきょろきょろと周りを盗み見しつつ着いていった。


 椅子もなければ机もない。学校の体育館ぐらい大きいホールなのに、あるのは中央に浮かぶ横幅30センチくらいの盃に似た器だけ。その中には水らしきものが入っている。

 心なしか少し肌寒く感じて、こっそりと二の腕をさすった。


「こちらへ」


 女が指し示す場所に立つ。盃の真ん前。


「昔は能力は目覚めるまで待つ。という方式だったのですが……余りにもが悪いのでこれをつくったのです」


 次いでこう言った。


「飲んでください」


「……は?」


 なんて言ったこの女。


「なんて?」

「飲んでください」

「いやいやいや……えぇ、無理。きたない」


 いつから置いてあるやつよこれ。いやきたな


「汚くありませんよ。皆さん飲まれてますし、飲んだ後も体調に変化などは」

「皆さん飲まれてますし!?」


 待って待って待って。本当に汚い。皆さん飲んでいらっしゃるのですか。これを。

 ……どうやって? いやまさか、そんな盃に直接口をつけて、なんてことはないよね。ないよね?


「どうやって飲んでるの」

「? 盃に口をつけ」

「ああああもういいもういい。もう最悪。もう絶対飲まないから」


 衛生観念どうなってるんでしょうね、ほんっと。

 引き攣る顔のまま1歩と言わず5歩くらい下がる。無理。

 こんなの無理。絶対無理。


「困りましたね」

「いやこれ汚すぎるでしょ! 何なの!? みんな疑問に思わなかったの!?」

「ええ。この段階で拒否したのはあなたが初めてです」

「うっそでしょ……」


 みんなどうしちゃったの……? 鍋を各自の箸でつついても全然気にしないって言うような考えの人しか今の今まで召喚されなかったの……?


「他の容器にうつしてもダメですか?」

「いやだって、そういう問題じゃないし……ねぇ本当に飲まなきゃダメなの?」

「ええ」

「どうしても?」

「どうしても、ですね」

「新しいの作ったりは?」

「できません」

「……どうしても?」

「どうしても」

「……」

「……」


 そのまま長い硬直時間を過ごす。

 飲まなきゃいけない? これを?

 だって。だって、これみんな口をつけて飲んできたんでしょ?

 誰のものかもわからない、何人なんにんのエキスがうにょうにょ入り浸っているのかわからない、この気持ちの悪い水を? 飲む?

 

 私の体の中にこれが入る様子を想像して、思わず目が潤みそうになって慌てて瞬きを繰り返す。

 と言うかそもそもなんなんだこの液体は。本当にただの水なのか? いや水なのかすらも怪しい。なんで飲まなきゃいけない?


「なんで飲まなきゃいけないの……もっと他に方法とか」

「ありません」

「……」

「……」

「……これなんなの。水じゃないでしょ。こんなの飲まなくったってわかるでしょ」

「普通の水ですよ。飲まないとわからないのです」

「なんで」

「秘密です」

「またそうやって濁すし……嫌、絶対飲みたくない。飲まない。もう帰っていい? いいよね。帰る。おつかれ」


 矢継ぎ早にまくし立てて踵を返す。

 すると行く手を阻むように女が立ちはだかった。


「なに」

「飲んでもらわないとダメなんです」

「そんなこと言われても無理だから」

「はぁ……困りましたね」


 珍しく眉をひそめて考え込む様子を見せる女。

 少しびっくりしてしまった。

 多分、初めてだ。笑っている顔以外を見るのは。


「潔癖症なのですか?」

「……知らない。いちいち病院に行って確かめてないし。でも、こういう、他人の間接とかは無理」


 そう答えると女はまた考え込むしぐさをする。

 そして考えられないような発言をした。


「では……そうですね。キスをしてみませんか?」

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