第12話 伯爵領で出会った少女は夢で見た人魚そのものだった~ノア視点~

馬車の中では、エディソン伯爵と2人きり。正直話す事も無いので、窓を見ながら過ごす。伯爵領は王都から馬車で1日とちょっとかかるらしい。その為、この日はホテルに泊まった。


そして翌日、エディソン伯爵と一緒に馬車に揺られ、伯爵領を目指す。


「殿下、先ほど伯爵領に入りました。後30分ほどで屋敷に到着いたします。そうそう、屋敷には私の娘がおりまして、到着しましたら紹介させて頂きますね」


へ~、娘がいるのか。僕はあまり令嬢と話をしたことが無いからな。でもまあ、あまり関わる事はないだろう。その時だった。目の前に美しい真っ青な海が目に入ったのだ。憎らしいほど美しい海。


僕は海が嫌いだ。母上を奪った海が…


「殿下はあまり海がお好きではないのですよね。申し訳ございません、実は屋敷の近くに海がありまして…でも、屋敷の裏側は山になっておりますので、山の散策などをされると良いかと!それに、優秀な教育係も取り揃えておりますので、勉学や武術に励まれるのも良いですよ」


屋敷は海の近くなのか…でも、僕は居候の身だからな。仕方ないか…そう思いながら窓の外から海を見ていると、美しい青い髪をした少女が、楽しそうにイルカと泳いでいた。その姿はまるで、僕が夢で見た人魚の姿そのものだった。


つい彼女の姿に釘付けになった。でも次の瞬間、イルカと共に海に潜ってしまった。


「伯爵、この海には人魚がいるのかい?」


ついそんな事を呟いてしまった。人魚は架空の生き物、本当にいる訳がない。きっと笑いとばわれるだろう、そう思っていたのだが…


「そうですね、でも人魚はとても臆病な生き物なので、中々海上には上がってこない様ですよ」


そう教えてくれた。きっと僕に気を使って言っているのだろう。本当は人魚なんている訳がないのに。さっきの人魚は僕の見間違いだろう。そう思っていた。その後すぐ屋敷に到着し、客間に案内された。


「殿下、申し訳ございません。今娘を呼んでまいりますので!」


そう言って出て行った伯爵。しばらくして戻って来た伯爵は、明らかに怒っている様だった。


「申し訳ございません、ちょっとバカ娘…ではなくて、娘は準備に手間取っている様でして。すぐ参りますので、少々お待ちください」


そう言って席に着いた。今バカ娘って言ったよな…一体どんな子なのだろう。


いくら待っても一向にやってこない令嬢。伯爵の貧乏ゆすりも次第に激しくなってきた頃、やっと扉が開いた。


中に入って来たのは、なんとさっき海で見た人魚だったのだ。確かに足はあるが、腰まで伸びた美しい青い髪、澄んだ水色の大きな瞳、間違いない!イルカと一緒にいた子だ。そうか、僕の夢に出て来た子は、この子だったのか。


そう確信した。それと同時に、何となく懐かしくて愛おしい、そんな感情が心を支配していく。今までに感じた事のないこの感情は、一体何なのだろう。とにかくもっとこの子の事が知りたい!そんな思いが体の中を支配していく。


僕の感情とは裏腹に、令嬢を怒鳴る伯爵。普通父親に怒鳴られれば、必死に謝るもの。それなのに彼女は、あろう事か伯爵に言い返していた。目の前で繰り広げられる親子喧嘩。


さらに彼女は、芯がしっかりしていると言うか気が強いと言うか、とにかく自分が納得しないと気が済まないタイプの様で、父親でもある伯爵にも思った事をズケズケと聞いている。


結局令嬢を納得させるため、僕の生い立ちを話した伯爵。話が終わると気が済んだのか、僕に向かってにっこり微笑んで挨拶をして来たのだ。その瞬間、僕の鼓動は一気に早くなり、つい俯いたまま「ああ」とだけ答えてしまった。


きっと感じが悪かっただろう。でも、僕はとにかくこの高鳴る鼓動を抑えるので必死だったのだ。その後伯爵に部屋を案内された。屋敷の部屋からは海が一望できる。


そう言えば、ばあやにも内緒でこの地に来たのだったな。ばあや、心配しているかもしれない…そう思いつつ、窓から海を見つめる。やっぱり海は嫌いだ…あの海が、僕の母上を奪ったのだから…


そう思いつつ海を眺めていると、ステファニー嬢が嬉しそうに海に向かっていく姿が目に入った。そしてそのまま海へと飛び込み、海中へと消えて行った。一体どういう事だ?心配でそのまましばらく海を見つめる。


もしかして、溺れてしまったのか?いいや、彼女は自ら海に飛び込んだんだ。それにイルカと一緒に泳いでいたくらいだから、そんな事はないはず…でも、全然海面に上がってこないぞ。


そんな事を考えているうちに、海面にイルカと一緒に上がって来たステファニー嬢。太陽の光を浴び、髪がキラキラと輝いている。なんて美しいんだ…つい見とれてしまった。


その後沢山の海の幸を持って上がって来た。やっぱり彼女は人魚だ。何かの理由で人間に化けているんだ!そうに違いない!そう確信したのだった。

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