第11話 本当の母上を奪った海は嫌いだ~ノア視点~

物心ついた時から、僕は母上に嫌われていた。と言うより、いつもいないものとして扱われていた。僕が話しかけても、聞こえないふりをするのだ。どうしても僕の方を向いて欲しくて、母上に触れようとした時だけ


「私に触らないで!あっちに行きなさい!」


と、物凄く怖い顔で怒鳴られるのだ。でも、下の弟たちは母上に抱っこされたり頬ずりされたり笑顔を向けられたりしていた。どうして僕だけ、母上は無視するのだろう。どうして母上は僕を愛してくれないのだろう…僕も母上に愛されたい…


それでも父上は僕に愛情を注いでくれたし、“ばあや”やメイドたちも僕に優しくしてくれた。それでもやっぱり母上に愛されたくて、必死に勉強や武術を学んだ。でも、僕が優秀になればなるほど、苛立ちを露にする母上。そんなある日


「いい加減にして!私はあんたが嫌いなの。それから、私はあんたの母親じゃない!あんたの母親はあんたを産んですぐに海で溺れ死んだのよ!わかった?もう二度と話しかけてこないで!」


そう言い放ったのだ。一体どういう事?母上は僕の本当の母上ではないの?でも、それなら全て辻褄が合う。どうして僕が母上に愛されなかったのか、どうして僕が母上に嫌われていたのかが…


気が付くとポロポロと涙が流れていた。僕の本当の母上はどうして死んでしまったのだろう。海なんて嫌いだ!海が僕から母上を奪ったんだ!


食事もとらず、部屋に引きこもる僕を心配したばあやが、父上を呼んできてくれた。


「ノア、黙っていてすまない。お前の本当の母親は、お前を産んですぐに事故で亡くなったんだ。まさかこんな形でバレてしまうなんて…」


辛そうな顔をして謝っていた父上。その後、父上が母上について教えてくれた。母上は元伯爵令嬢で、とても明るく美しい女性だったそうだ。そして、とてもお節介だったらしい。そんな母上の事を、父上は心から愛していたとの事。


「ノア、お前の母親は本当に海が好きだった。あの日、お前が昼寝をしている間にちょっと海に出掛けたところ、誤って海に落ちてしまったのだ。泳ぎが得意だったが、産後で体力が落ちていたのだろう…」


そう言って涙を流す父上。隣でばあやも泣いていた。実はばあやは母上の専属メイドだったらしい。母上が輿入れをする際、一緒に付いて来てそのまま僕のお世話もしてくれていたのだ。


「殿下、お嬢様…いいえ、王妃様は本当にあなた様をとても可愛がっておりましたわ。“いつかノアを、海に連れて行ってあげるの”それが口癖でした」


そう言って涙を流すばあや。そうか、僕は母上に愛されていたのか。でも、僕には母上の記憶がない。どんなに思い出そうとしても、母上の記憶がないのだ。


そしてその日を境に、僕はある夢を見る様になった。それは人魚の夢だ。夢ではいつも僕は浜辺にいる。すると遠くの方で、美しい人魚がイルカたちと楽しそうに泳いでいるのだ。あまりの美しさに、僕も海に入ろうとするのだが、なぜか体が動かない。


人魚に気が付いて欲しくて叫ぼうとしても、声が出ない。何で?どうして?そう思っているうちに、いつも人魚はどこかに行ってしまうのだ。その瞬間目が覚める。


頻繁に同じ夢を見る為、気になってある時王都の海を見に行った。母上が好きだった海、それと同時に母上の命を奪った海でもある。僕は海が嫌いだ。海さえなければ、母上は死ななかったのに!そう思いつつも、恐る恐る海に近付こうとした瞬間、誰かに背中を押され、そのまま海に落ちてしまった。


もちろん泳いだことなどない僕は、必死にもがく。でも、どんどん沈んでいく。苦しい…助けて…


でも、このまま命を落とせば母上に会えるかもしれない。そう思ったのだが…


目を覚ますと僕の部屋だった。


「ノア、意識が戻ったのだな!良かった。お前まで失ったら、私は生きていけない!」


僕に泣きながら抱き着くのは、父上だ。どうやら僕は護衛騎士たちによって、救出されたらしい。さらにばあやからも


「殿下、申し訳ございません。私が側についていながら…」


そう言って泣かれた。ばあやを泣かせてしまうと、つい罪悪感が生まれる。そう、ばあやは僕にとって、もう家族みたいなものなのだから。


その後、僕の警護は強化された。そんな中、またしても僕は命を狙われたのだ。今度は食事に毒を入れられたのだ。喉が燃える様に熱く苦しい。あぁ、今度こそ僕は命を落とすんだ。きっと王妃は僕が消えた事で、祝杯をあげるのだろうな…


父上やばあやはきっと悲しむだろう。でも僕は、なんだかもう疲れてしまった。僕を愛してくれた母上に会いたい。会って思いっきり抱きしめて欲しい。今まで甘えられなかった分、しっかり甘えたい。母上、今いくからね。


でも…


「ノア、やっと目覚めたのか!良かった!」


今度は物凄くやつれた父上に抱きしめられた。どうやら10日間も意識を失っていたらしい。結局僕は、母上の元にはいけなかった。でも、やつれた父上や涙を流して喜ぶばあやを見たら、やっぱり生きていてよかったのかなっとも思う。


とにかく、これ以上命を狙われるのは御免だ。きっと僕の命を狙っているのは、王妃だろう。あの人、僕の事を毛嫌いしている。まあ、自分の息子を国王にしたいと思っているのだから、僕が疎ましいのは当然か。


とにかく僕は、ひっそりと暮らしたい。もうこの際、廃嫡してもらおう。そう思っていた時、ちょうど父上に呼び出された。父上の元に行くと、1人の男性が立っていた。確かこの人は、エディソン伯爵だった気がする。


「ノア、よく聞きなさい。しばらく私の古くからの友人でもある、エディソン伯爵にお前を匿ってもらう事にした。お前はメーアの大切な忘れ形見だ。お前は私の命より大切な存在。とにかく、お前を襲った犯人を突き止めるまで、エディソン伯爵領で暮らして欲しい」


「殿下、しばらく不便な生活になり、申し訳ございません。でも、この王宮にいるよりずっと安心です。とにかく、誰がスパイとして紛れ込んでいるか分かりません。洋服等、必需品は我が家で準備しました。もちろん、護衛騎士もです。ですから安心して下さい」


とりあえず王都を離れ、伯爵領でお世話になるという事か。確かにここにいたら、また王妃に命を狙われるだろう。それなら、伯爵領にいた方が安全か…


「わかったよ。エディソン伯爵、ご迷惑をかけますが、どうぞよろしくお願いいたします」


伯爵に頭を下げた。


「では殿下、早速参りましょう」


「えっ?今から?」


いくら何でも急だろう。そう思ったのだが…


「ノア、お前の命を守る為だ。とにかく、誰にも居場所を知らせるつもりはない。裏口に馬車を準備してあるから、今からそのまま馬車に乗って伯爵領へ向かいなさい。ノア、しばらく会えなくて寂しいが、出来るだけ早くお前が帰って来れる様動くつもりだ。だから伯爵領で待っていて欲しい」


そう言って僕を抱きしめた父上。こうして僕は、逃げるようにして馬車に乗り込み、伯爵領に向かったのであった。

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