第10話 とにかく無事でよかったです

「あなた達は急いでタオルを沢山持って来て!多分ずぶ濡れのはずだから。それから、念のためにお医者様を手配しておいて。私は今すぐ殿下の元に向かうから」


そう騎士たちに伝えると、急いで岩場の奥へと向かった。後ろで


「ステファニー様、一体どういう事ですか?」


護衛騎士の叫び声が聞こえたので


「とにかく私が言った通りにして。時間が無いから急いで!」


そう返しておいた。そもそも護衛騎士のくせに、どうして殿下を1人で岩場の奥なんかに行かせるのよ。て、きっと殿下が“君たちはここで待っていて”と言ったのだろう。私と2人で海に行く時も、いつも心配そうな護衛騎士たちを置いて行くものね…


今はそんな事どうでもいいわ。とにかく殿下の元に急がないと!お願い!間に合って!岩場の奥に着くと、やはり海になっていた。殿下は何処?目を凝らして必死に探す。


「殿下、殿下、どこですか?」


辺りを見渡すが、殿下の姿はない。もしかして、もう海の底に…そう思った時だった。


「ステファニー嬢、僕はここだよ。ステファニー嬢」


確かに殿下の声だ!良かった、無事だったのね。でも、声はするが姿は見えない。


「殿下、どこですか?」


「ここだよ…もう駄目だ…」


もう駄目って、そんな恐ろしい事を言わないで!必死で泳ぎながら殿下を探す。すると、岩場の裏側に必死にしがみつく殿下の姿が!


「殿下、こんなところにいたのですね」


急いで殿下の元に向かい、そのまま抱きかかえた。


「ステファニー嬢!」


余程怖かったのか、ギューギュー私に抱き着いてくる。ちょっと、そんなに抱き着かれたら、うまく泳げないじゃない。そもそも私も今はドレスだ。ドレスが重く、体のバランスを取るのがただでさえ大変なのに…そう思っていると、そのまま唇を塞がれた。


「ん…」


いつもの様に、長い口付けが続く。


「ハーハー」


つい鼻で呼吸のするのを忘れ、息切れを起こす私に


「相変わらず息を止めているのかい?鼻で呼吸をすればいいのに」


そう言ってクスクスと笑っている殿下。こんな時まで私をからかって!でも、無事でよかったわ。


「殿下、無事で何よりです。そもそも、この場所は午後は潮が満ちて来て海になるのですよ!勝手に来ては駄目と言ったでしょう?」


「そんな事、聞いた記憶がないけれど…でも、急に海の水がどんどん上がって来て、本当に死ぬかと思ったよ。助けに来てくれて本当にありがとう!ステファニー」


そう言って再び私に抱き着いて来た。ん?今私の事を呼び捨てにしたわよね。私の聞き間違いかしら?まあいいわ。早く皆の元に戻らないと、きっと心配しているはずだわ。


「とにかく皆の元に戻りましょう。殿下、泳げますか?」


「う~ん、この服だと泳ぎにくいな。ステファニー、手を引いてくれるかい?それと、僕の事はノアと名前で呼んで欲しいな」


少し恥ずかしそうにそう言った殿下…ではなくて、ノア様。


「ではノア様…行きましょうか」


「ああ、行こう」


私が名前を呼ぶと、それはそれは嬉しそうに笑ったノア様。その瞬間、鼓動が一気に早くなるのが分かった。私ったら、どうしたのかしら?ノア様の笑顔なんて、ここ最近しょっちゅう見ているのに…


早くなる鼓動を必死に鎮め、ノア様の手を握り泳ぐ。やはり泳ぎにくいのか、どうしても沈んでしまうノア様。まあ、沈んでも呼吸はできるから問題ないのだが…


「ノア様、もうすぐですよ。頑張ってください」


何とか岸に上がり、護衛騎士たちが待っている所まで2人で手を繋いで戻る。それにしても、水を含んだドレスってこんなに重いのね。まるで鉛を入れたドレスを着ている様だわ。


歩きづらそうにしていると、何を思ったのか私を抱きかかえたノア様。


「ちょっとノア様。何をするのですか!」


「だって歩きづらそうだったから。海では僕がステファニーに引っ張ってもらったら、陸では僕がステファニーを運ぼうと思って」


そう言って私を抱いて歩くノア様。そもそも、ノア様の服だって水を含んで歩き辛いだろうに。その上私のドレスはかなり重くなっている。きっといつもの1.5割増しくらい重いはずだ。


「ノア様、重たいでしょう。自分で歩けますから」


必死にそう訴えたのだが…


「僕の食事まで食べている割には、ステファニーは軽い方だと思うよ。あれだけ食べても太らないのは、やっぱり海で泳いでいるおかげだよね」


ニコニコ顔でそう言ったノア様。ん?これは褒められているのか?それとも、けなされているのか?どっちかしら?


その時だった。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「殿下、ご無事で何よりです」


どうやら護衛騎士たちがいた場所まで戻って来た様で、エリーや護衛騎士が物凄い勢いで走って来た。そしてそのまま、タオルで体をくるまれる。


「エリー、心配かけてごめんね。私は大丈夫よ」


「僕もステファニーに助けてもらったから大丈夫だよ。それよりも、洋服がびしょ濡れだ。早く屋敷に戻って着替えないと。ステファニーが風邪を引いたら大変だからね」


そう言って私を抱いたまま、屋敷へと向かうノア様。そんな私達を、口をポカンと開けて見ているエリーと護衛騎士たち。


「ちょっとノア様!皆が見ています。降ろしてください!」


ただでさえエリーには口付けの話しから、ノア様との仲を疑われているのだ。こんな姿を見られたら、またエリーに誤解されるじゃない。


「ステファニー、暴れないで。ほら、落ちるよ」


さらにギューッと私を抱き寄せるノア様。ノア様の心臓の音が聞こえる。それにかなり鍛えているのか、意外とがっちりとした体。厚い胸板。再び鼓動が早くなり、心臓の音がうるさくなる。


もう、一体何なのよ!どうしてまたドキドキするのよ。


結局屋敷に着きノアに降ろされるまで、心臓の音がずっとうるさかったステファニーであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る