第9話 殿下も随分と領地に慣れて来ましたが…

殿下を初めて海に連れて行って以降、毎日の様に一緒に海について来るようになった。その上、なぜか毎回口付けを求めて来るのだ。


「君だけ皆と話をしたり、海の中を自由に泳ぎ回るなんてズルい!」


そう訴えて来るのだ。さらに


“ノアが可哀そうだわ。ステファニー、減るものでもないのだし、口付けくらいしてあげて”


と、キキやリンリンからも強く言われるのだ。その為、仕方なく毎日口付けをさせられている。よほど海の中が気に入ったのか、嬉しそうに唇を重ねる殿下。正直、何度やっても慣れる行為ではない。つい顔を赤くしてしまう私に


「ステファニー嬢はすぐに顔が赤くなるね。オクトにそっくりだ」


そう言って笑っている。この男、失礼っぷりは相変わらずね。


そもそも私、婚約者でもない男性とこんなにも口付けを交わしていて、お嫁に行けるのかしら…そんな不安すら、頭をよぎる。でも…嬉しそうに海の中を泳ぎ回る殿下を見ていたら、まあいいかという気持ちになってしまうのよね。


今日も私に口付けを迫る殿下。


「ステファニー嬢、こっちにおいで」


にっこり笑って近づいて来る殿下。


「お待ちください、まだ心の準備が…」


相変わらずアタフタする私の腕を掴み、さっさと唇を重ねる殿下。温かく柔らかな感触が、唇から伝わる。なんだか最近、口付けする時間が長くなっている様な…そう思う程長い。今日も息が切れる程長い時間口付けをされた。


「ハーハー」


息切れを起こす私に


「ステファニー嬢、別に息を止めなくてもいいんだよ」


そう言って笑っている殿下。何が可笑しいのよ!そもそもあなたの為に、口付けをしているのでしょう!さすがにイラッとしたので


「最近口付けの時間が長すぎます。そんなに長くしなくても、十分海の中で過ごせますわ!」


確かに口付けの時間が長ければ長いほど、効果も長く続くが、そもそも殿下は第一王子。勉強などもやらなければいけない為、午前中の2時間のみ海に出る事を許可されているはず。


それなのに、こんなにも長い口付けをするなんて!そんな思いで抗議をしたのだが…


「別に長くないと思うよ。そもそも、万が一途中で効果が切れて再度口付けとなったら、ステファニー嬢も嫌だろう?そうならない為、気を使ってあげているのに…」


そう言って悲しそうな顔をする殿下。うっ…そんな顔をされると、なんだか私が悪い事をしているみたいじゃない。もう、分かったわよ。


「殿下の気持ちは分かりましたわ…お気遣いいただき、ありがとうございます」


「分かってくれたらいいんだ。それから、僕以外の異性と口付けをしては駄目だよ。これだけは絶対守ってね。それじゃあ、早く皆の元に行こうか」


涼しい顔をして海に入って行く殿下。ん?何で私が言い聞かされた?なんだか釈然としない。


「ステファニー嬢、早くおいでよ。皆待っているよ」


嬉しそうに私を呼ぶ殿下を見たら、結局まあいいか!てなるのよね…


「今行きますよ」


急いで殿下の方に向かう。今日もいつもの様に皆で海の底に冒険に行ったり、他の生き物たちを紹介してくれたり、海の幸を分けてもらったりして過ごす。


“それじゃあまた明日ね”


あっという間に2時間が過ぎ、今日の海で過ごす時間は終わりだ。そして午後は、なぜか私まで殿下の勉強に付き合わされている。


殿下曰く

「僕が勉強をしている時に、君だけ海で遊んでいるなんてズルい!君も一応伯爵令嬢なのだから、知識と教養は身につけないとね」


との事。教育役の男性にも懇願され、結局一緒に受ける事になったのだ。そもそも私は勉強自体は嫌いではない。子供の頃から、おばあ様にマナーはもちろん、ある程度の勉強も叩きこまれた。


そのおかげで、殿下のお勉強にも普通に付いて行ける。今日は他国の言葉の勉強だ。どうやら殿下は他国の言葉が苦手な様だ。


「殿下、ですからここは“ヴィ”と発音するのです。“ベ”ではありません!」


と、教育係に怒られている。


「そんな事を言っても、難しいんだよ。もう駄目だ!少し風に当たって来る」


そう言って外に出て行った。殿下は勉強が嫌になると、こうやって風に当たって来ると言って出て行く。ただ、大体10分もしないうちに帰って来るのだが…


でも、今回はなぜか30分経っても戻ってこない。


「殿下、遅いですわね。私、見て来ますわ」


なんだか心配になって来たので、殿下を探す事にした。


「殿下~殿下~、どこですか?」


大きな声で叫ぶが返事がない。もしかして海の方に行ったのかしら?気になって海の方に行くと、殿下の護衛騎士を見つけた。


「あなた達、殿下はどうしたの?」


「ステファニー様、殿下なら岩場の奥に向かわれました」


「何ですって!岩場の奥ですって」


岩場の奥はよく殿下と一緒に行く、馴染みの場所だ。でもこの時間は潮が満ちている為、今頃は海になっているはず。大変だわ!殿下は泳ぎが上手いけれど、今の殿下は普通の服を着ているはず。普通の服は水を含むと重くなり、うまく泳げなくなる!そもそも、初めて海に連れて行った時、リンリンが海に潜った際泳げずに沈んでいった。


もしかしたら、私の能力の影響でうまく泳いでいたのかもしれない。という事は、殿下の命が危ない!急いで助けないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る