第42話 連玉草の花

連玉草をかき分けて奥に進み、花が咲いているのを近くで確認する。

干からびた唐辛子のような赤い花が飛び出るように無数に咲いている。

不気味に見えるその赤い花が、野原の奥まで続いている。


これほど広範囲に魔獣の血が広がることは無い。

間違いない。故意に連玉草の花を咲かせたものがいる。

採取袋を取り出して、花を数枚抜き取って入れる。

後ろを振り返ってノエルさんに目で合図をし、その場から離れた。


ノエルさんの左腕から魔剣が浮き上がるように出てくる。

それを右手で掴むと、剣先から青白い炎が立ちあがるのが見えた。浄化の炎だ。

かまえたノエルさんが勢いよく連玉草を薙ぎ払うと、

野原の半分ほどの連玉草が浄化されて燃えていく。

赤い花が一つも見えなくなったのを確認して、顔に巻いたハンカチを外した。


「どういうことだ?」


「間違いなく、この花を咲かせるために魔獣の血を撒いた人間がいるわ。

 この広範囲の花を咲かせるには、かなりの量の血が必要になるはず。

 魔獣の発生もこのせいかもしれない。」


「この辺境の森だけ何度も魔獣の発生が起こっていたのもこのせいかもな。

 騎士団に報告しておかなければ…。」


とりあえず夜が近づいているし、野営地に戻ろうと決める。

歩き出したところで、ノエルさんが私の動きを制止した。


「しっ。」


何かはわからないが、静かに止まっていろということなのだろう。

そのまま止まって耳を澄ますと、声が聞こえた。誰かがここに近付いている。


「明日には王都に帰れるな~今回は早かった。」


「そうだな。あとはさっさと花を摘んで帰ろうぜ。」


「ああ、早く戻らないとバレるからな。急ごう。」


騎士の格好をした三人がこちらに歩いてくる。

どうやら連玉草の花を採取しに来たようだ。

顔を布で覆い隠しているのを見ると、その危険性もわかっているのだろう。



「お前ら、止まれ。」


気配を消していたノエルさんがすっと近づいて三人の前に出る。

魔剣は出していないが、騎士団の者ならばノエルさんの顔は知っている。

三人がひっと声に出して驚いて止まった。


「今すぐ顔を見せろ。歯向かえば切る。」


脅しなのかもしれないが、間違いなく殺気が出ている。

それに気が付いた三人はガタガタ震えながら顔を出した。

やはり騎士団に所属している者たちだった。

名前は知らないが、その顔には見覚えがあった。


「…ジョンとベイルとなんだっけもう一人は。」


「…あの、ケニーです。」


「三人の目的は花を摘みに来た、で間違いないな?」


「…はい。」


「連玉草の花で間違いないな?」


「名前は知りません。赤くて長細い枯れたような花です。

 …俺たち命令されてて、こっそり取ってくるようにと。」


バレたらまずいことだったのはわかっていたのだろう。

だけど青の騎士であるノエルさんに見つかったら後は無い。

ここから逃げようとしたら間違いなく切られるだろう。

それならばすべてを話して、少しでも罪を軽くしようと思っても不思議はない。


「…お前ら三人とも騎士団に戻ったら全部話せ。

 逃げようと思うなよ?逃げても身内に連絡が行くぞ。」


「…わかりました。」


しょんぼりした三人にそう告げると、前を歩くように告げる。

逃げないように見張りながら戻ることになるらしい。

…これは処分重くなりそう。だけど、同情する理由はまったくなかった。

連玉草の危険性は薬師として知っているから。


野営地の中にある騎士団本部に入ると、熱気にあふれていた。

魔獣の討伐が終わり、今日の夕食は祝いの宴の予定だった。

本部の中でもその準備が忙しそうに行われていた。

ノエルさんが三人を連れて本部に入ると、中の雰囲気が一瞬で変わった。

何か揉め事があった、

そう思わせるようにノエルさんの冷気が本部の中をすっと通って行った。



「ノエル、何かあったか?」


ノエルさんに気が付いた副団長が駆け寄ってくる。

奥に座っている団長も不安げにこちらを見ている。

もしかして魔獣の生き残りが?そんな心配をしているようだった。



「人払いを。騎士団の責任者だけ集めてくれ。」


「わかった。責任者だけ残って、あとは他の天幕に移ってくれ。」


「はっ。」


騎士団らしく、指示に従ってテキパキと移動していく。

残ったのは団長、副団長と各隊の隊長、合わせて8名ほどだった。

辺境伯地と侯爵地の代表はここにはいないようだ。


「それでは報告を。

 辺境の森の侯爵地の池の奥で連玉草が群生しているのを見つけました。

 それは問題ないのですが、一部の連玉草が変異して花を咲かせていました。

 王宮薬師ルーラが言うには、

 連玉草が花を咲かせるのは魔獣の血を吸った時だけだそうです。」


「魔獣の血を吸って花を?…それは間違いないのか?」


「証拠として花びらを何枚か採取してきました。

 連玉草が花を咲かせる原因は薬師として当たり前の知識です。

 他の薬師に確認しても構いません。」


ノエルさんに目で合図され、王宮薬師としての見解を団長に述べる。

私が薬師として処方しているのを何度も見て知っているので、

その発言に疑いは持たないようだ。頷いてノエルさんに向き直った。


「わかった。それは後で確認しよう。それで?」


「連玉草が変異していたのは少量ではありませんでした。

 かなりの範囲に及んでいました。

 そのすべてが魔獣の血で穢れていたのなら、偶然ではありえません。

 故意に連玉草の花を咲かせたものがいます。」


ノエルさんの発言に場の雰囲気が一瞬で変わった。

魔獣の血がどれほど危険なものか身に染みて実感している騎士団だ。

故意に血を撒いたものがいる…三人の騎士に殺意に似た視線が集まった。


「たしかに、それはそうだろう。その連れて来た者たちが犯人か?」


「この三人は花を採取するように命じられたと話しています。

 誰がそう命じたのか騎士団での取り調べをお願いします。

 ただ確実なのは、この三人に命じたものは、

 あそこに連玉草の花が咲いているのを知っていることになります。

 そして、おそらくこの辺境の森で魔獣の発生が起こる原因が、

 あの連玉草にある可能性が高いです。

 連玉草の群生地は人の手が入っています。最近にできたものではないでしょう。」


「…なるほど。わかった。この者たちの隊はどこだ?」


「団長、この者たちは侯爵家からの推薦で来ています。

 寵妃の護衛隊の者たちです。」


「…寵妃の侯爵家か。わかった。では、このことはまだ極秘扱いだ。

 ノエル、その連玉草の花はどうした?」


「花が咲いていた辺りは薙ぎ払って浄化してきました。

 魔獣の発生の原因になることはありません。」


「よし。では、明日王都に戻る予定はそのまま。

 この三人は他から見えないように捕縛したまま護送しろ。」


「はっ。」




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