第41話 母様の眠る場所

魔獣の討伐が終わったのは、派遣から10日過ぎた午後だった。

最後の魔獣を倒し、血の付いた周辺の草を浄化して燃やす。

血が残れば、そこからまた魔獣が発生していく可能性がある。

魔獣の発生についてはわからないことも多く、

同じような森が他の領地にもあるのにもかかわらず、

どうしてこの辺境の森だけが何度も魔獣の発生が起こるのかわかっていなかった。


辺境の森は辺境伯と隣の侯爵地にまたがっているが、

ほとんどが辺境伯の領地のため、辺境伯が管理している。

辺境伯の領主は色付き騎士であり、今の当主は白の騎士と呼ばれている。

もう高齢なため討伐に出るのが難しいこともあり、

青の騎士であるノエルさんの力が必要だったようだ。



「この道の奥だよ。」


討伐が終わった夕方、明日には討伐隊が王都に帰るというので、

そのまえに連れて来てもらうことになった。

辺境の森でも奥の方の場所で侯爵地の森になるらしい。

大きな道から奥に入った池のほとりで母様は倒れていた。

おそらく水を求めて池に近付いたところを小さな魔獣にやられたのだろうと。


「ここに倒れていたんだ。長い髪を見て女性だと思って驚いた。

 こんな辺境の森で、しかも魔獣の大発生の時にだ。

 近くの街か侯爵領の者だと思って問い合わせたがわからなかった。


 こっちだよ。

 後で埋葬した場所がわかるように短剣を刺しておいたんだ。

 あぁ、あったよ。ここだ。」


池から少し離れた木の根元近くに短剣が刺さっている。

銅色の短剣には飾りも無く、錆びついたように見える。

…ここに母様が眠っている。


その場に跪いて、母様が眠る位置に目を合わせた。

4年前、薬草を取りに辺境の森に行くと言った母様に付いていきたかった。

だけど眠り病の薬を求めて店にやってくる街の人たちのために、

私が店番で残るしかなかった。

母様が一人で辺境の森に行く日、店は頼んだよって言われたのを覚えている。

母様なら辺境の森でも一日で行って帰ってこれるはずだった。

まさかそのまま帰ってこないとは思わず、薬草の残りも尽きて一人途方に暮れた。

頼りにしていた母様も薬草も無い。もうすぐ12歳になる頃だった。

店の裏にある畑で栽培していた薬草が再び収穫できるようになるまで半年かかった。

お店をもう一度営業再開するにはそれからまた二か月が過ぎた。

ようやく以前のように薬の種類を増やせた時には14歳になっていた。



「母様、久しぶりだね。やっと母様に会えた。

 覚えてる?母様を埋葬してくれたノエルさんだよ…。」


「ルーラ…。」


気が付くとノエルさんも私の横に来て跪いている。

大きな体をたたむように小さくして、私の横に並んでくれているのを見て、

母様も父様にも見ていてほしいと思った。


「私、ノエルさんと結婚したの。

 いつか父様と母様みたいに幸せな家庭をつくるから。

 私みたいに幸せな子どもをたくさん産んで、

 そしたらまたここに連れてくるね。」


「…ルーラのお母様。

 あの時は埋葬するだけで精いっぱいで、助けられなくて申し訳なかった。

 あの時預かったあなたの指輪は無事にルーラに届けられたので安心してほしい。

 もしかしたらルーラと会わせてくれたのはあなたなのかもしれないと思っている。

 ルーラは、俺が守ります。

 騎士として、男として、誓います。俺が幸せにします。」


「ノエルさん…それは、二人で幸せになります、でしょ?」


「ははっ。そうだったな。うん、二人で幸せになろう。」


祈り終わるとノエルさんに抱き上げられるように立たせられた。

そのまま膝についた土を軽くたたいて落としてくれる。


「もぅ。子どもじゃないから一人で出来るよ。」


「知ってるよ。じゃあ、戻ろうか。」


「あ、ちょっと待って。さっきから気になってて。

 このすっとした匂い、近くに薬草があるはず。

 少しだけ見に行ってもいい?」


「ああ。」


池の奥に進んでいくと、大きな木に囲まれた広い野原に出た。

野原いっぱいに生えている薬草を見て、母様が来たかったのがここだとわかった。


「連玉草の群生地…。ここが…母様が言ってたところ。」


「連玉草?」


目の前に生えている草には、

花ではなく透明な液体の入った小さな玉が連なっている。

この小さな玉の中の液体は苦くて辛い。とても飲めたものではないのだが…。


「眠り病の解毒薬になる薬草なの。」


「薬じゃなくて解毒薬?」


「うん。眠り病って病気じゃないの。

 神経毒にやられた中毒状況のことを指すの。

 神経毒で3,4日もすると身体の力が入らなくなって、

 最後は眠ったように死んでいく。だから眠り病。

 原因の神経毒には何種類かあるのだけど、その解毒薬には連玉草が良く使われる。

 これだけ連玉草があれば、あの時の眠り病患者のほとんどを救えたのに…。」


魔獣の大発生と時期がかぶらなければ、母様が連玉草を採取できて、

王都での死者を減らすことができたのに。

悔しさで涙がにじむ。

今さらなのはわかっているが、母様が悔しかっただろうと思う。


それにしてもこれだけ見事な群生地が存在するなんて…。

そう思って奥まで見渡して、赤色が目に入った。赤!まさか!


「ノエルさん、黙ってこの玉を口に入れて噛んで。急いで!」


目の前にあった連玉草を掴んでノエルさんに渡す。

それと同時に私の分も掴んで、連玉草の玉部分を口入れて噛み砕く。

ものすごく苦くてからいが、我慢して飲み込んだ。

ハンカチを二枚出して、ノエルさんに一枚渡す。

口と鼻をふさぐようにハンカチを巻くと、

ノエルさんも同じように口の周りにハンカチを巻いた。


「もう聞いても良いか?何があった?」


「連玉草は花が咲くことは無いの。例外を除いて。

 連玉草が花を咲かせるのは、魔獣の血を吸ったときだけ。

 奥に赤い色が見えるの。連玉草の花は魔女の爪と呼ばれている。

 赤く乾燥して固い花びらが無数に突き出ているように咲く。

 その花びらの奥にある花粉は…眠り病の原因にもなる神経毒なの。

 あの花の花粉を吸うのは危険だわ。」


「…あの赤いのが花なのか。魔獣の血?

 そんなのが残っていたら、また魔獣が発生してしまう。

 もしかして今回の魔獣の発生の原因はあれなのか?」


「かもしれない。証拠として花びらを数枚採取するから、

 その後は薙ぎ払って燃やしてくれる?」


「ああ、わかった。」

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