第43話 塔に戻って

「これが連玉草の花か。

 私も話には聞いたことがあるが、実物を見るのは初めてだな。」


王都に戻り、報告と一緒に連玉草の花をユキ様に渡すと、目を丸くしていた。

それだけ連玉草の花は扱うのが危険で、研究用だとしても栽培は認められない。

そもそも魔獣の血など手に入れられるものではないし、危険すぎる。

ユキ様でも初めて見るものに、他の王宮薬師たちも興味津々だ。



「禁術扱いの処方にあるんだ。連玉草の花を使ったものが。」


「それは初めて知りました。何の薬になるのですか?」


「…それは、今は答えられない。すべての者が捕まった後で話そう。」


「?…わかりました。」


全ての者が捕まった後で。

あの騎士三人の背後が全て捕まえられたらということなのか。

とりあえず派遣に行った後なので、数日は休むように伝えられる。

それは同じように派遣に行ったノエルさんも同じで、

しばらくは騎士団の訓練も休みになるそうだ。

塔に戻ると、いなかった間に大掃除をしていて、少し部屋が広くなっていた。

どこかの部屋とまた入れ替えをしたようで、小部屋が二つほど増えていた。


「ただいま戻りました。」


「おかえり、ルーラ。ノエルも。お疲れ様。」


いつものように笑顔で迎えてくれたミラさんにようやく落ち着いた気持ちになる。

ヘレンさんが入れてくれたお茶を飲んで、ほっとして肩の力を抜いた。


「ヘレンさん、アランさんとリリアナさんにはお世話になりました。」


「そう?ルーラが無事に帰って来てくれて良かったわ。

 リリアナ姉様は大丈夫だと思うけど、アランは失礼なこと言ってなかった?」


「ふふっ。大丈夫ですよ。」


お二人の出会いから騎士の誓いの話まで聞いちゃいましたとは言えず、

でも思い出してしまって口元が緩んでしまう。

それを見たヘレンさんが何かに気が付いたらしく、

「あいつめ…。」と低い声でつぶやいていた。


「ホント、仲良くてうらやましいわ~。私も早く婚約者欲しいな~。」


「あれ?サージュさん、恋人いませんでした?」


「いるわよ?でも、婚約話となるとまた難しいのよね。」


「そういうものなんですか~。」


陛下付き女官の家として家が有名なサージュさんだと、

好きな相手と婚約というわけにはいかないのだろうか。

できればヘレンさんのように思い合える相手だといいなぁと思ってしまう。

もちろん余計なお世話だけど。



連玉草の一件で、ノエルさんが少し落ち込んでいるように思えて気になる。

今も黙って横でお茶を飲んでいるけど、あまり会話には参加していない。

ミラさんたちもそれには気が付いているけど、ふれないようだ。

もしかして派遣に行ったあとはいつもこんな感じだったのだろうか。


そうして数日間の休みをのんびりしていた私とノエルさんに、

あの連玉草の花を栽培していたのは寵妃様の命令だったことが報告され、

寵妃様の申し開きには私とノエルさんも証人として出るようにと伝えられた。

まさか寵妃様にもう一度会うのが申し開きの場になるとは思いもしなかった。





寵妃レミーラ様の申し開きの場は公爵家の時と同様に謁見室で行われた。

連玉草についての証言をするために、

私とノエルさんは証人として立ち会うことになる。



連玉草の件がわかってからレミーア様は幽閉されていたそうで、

衛兵に囲まれて入室してきた。

美しかった栗色の髪は少しくすんで、どこか虚ろな目をしている。

以前のお茶会の時に感じた愛らしさは消えてしまっていた。



魔獣の討伐に一緒に派遣されていた副団長が取り調べた結果を述べる。

副団長があの三人と侯爵家の当主たちから聞き出したらしい。



「連玉草の栽培を始めたのは5年前、

 ハンバルン侯爵家のレミーア様が側妃として輿入れすることが決まった時です。

 当時もうすでに正妃様と側妃様がいらっしゃる陛下に輿入れすることで、

 レミーア様は嫌がっていたそうです。

 今更側妃になってもあまり必要とはされないだろうと。

 王子が三人もいる以上、子を求められているわけでもありません。

 形だけの側妃、形だけの王子になる可能性が高かった。

 そのことで避妊することを思いついたそうです。

 陛下の妃への閨の優先は子の無い妃になります。

 子を産まなければずっと寵妃として優遇されると思いついたレミーア様は、

 侯爵に避妊薬をねだりました。

 しかし避妊薬は禁術です。

 そこで侯爵は侯爵家に伝わる昔の秘術であった連玉草の栽培を思い出し、

 侯爵家の所有する森で秘密裏に栽培することにした。

 花が咲いた連玉草は刈り取られ、婚姻の荷物と一緒に王都に運ばれました。

 その運んだ経路と眠り病の発生場所が一致しています。4年半前の記録です。

 また刈りとられた連玉草の一部はそのままにされ、

 魔獣の大発生の原因になった可能性が高い。

 そのことに気が付き、その後は少量ずつの栽培に切り替えたと、

 侯爵家の執事が証言しております。

 度々辺境の森に魔獣が発生した時期と栽培の時期が重なっていますので、

 発生の原因として間違いありません。

 今回、王宮薬師のルーラ様と青の騎士ノエル様が、

 連玉草の花が咲いているのを確認、花を収穫に来たものを三人捕まえております。

 その三人の証言と侯爵家当主や使用人の証言をもとに、この結果を報告します。

 なお、侯爵家の地下に魔獣を飼育していた檻も発見しております。以上です。」




やっぱりとしか言いようがない。

やっぱり連玉草の花が眠り病と魔獣の大発生の原因だった。

母様や街の人たちがたくさん亡くなった原因が、避妊薬の材料のためだったとは。

納得できない。レミーア様に掴みかかって問いただしたかった。

あなたは避妊薬のためにたくさんの被害がでていることを知っていたのかと。

噛みしめた唇が気がつかないうちに傷ついていた。

口の中に血の味が広がって、少しだけ冷静さを取り戻した。


「ルーラ、大丈夫か。」


小声でささやくように聞いてきたノエルさんを見上げると、

同じように怒っているだろうノエルさんが

険しい顔のままで心配そうな目をしている。

…ノエルさんが苦しんだ原因も連玉草のせいなのに。

治ったとはいえ、あの傷のせいで人生を大きく変えられてしまったはず。

自分の怒りよりも私の心配を優先してくれたノエルさんの腕に少しだけふれる。

大丈夫ではないけど、今は申し開きの場に集中しよう。


「レミーア様、何か申し開きはありますか?」



「……陛下は、どうして私を側妃にしたのですか?」


「どうして、とは?」


「妃が二人、王子が三人もいる上で、私が嫁ぐ意味があったのですか?」


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