母と恋バナしてたら、俺が母に孫の顔見せられない理由を話す事になってしまった

北島 悠

母と恋バナしてたら、俺が母に孫の顔見せられない理由を話す事になってしまった

「母さん、うどんとそばではうどんが好きだっけ? そしたら赤いきつねにする?」

「智也はそばの方が好きだったよね。緑のたぬきの方がいいんじゃない」

 母はいつだって自分の好みよりも俺の好みを優先してくれる。



 俺の名前は広瀬智也。現在54歳独身である。今年80歳になる母はその事をとても心配しているようだ。


 といっても最近はもう諦めたのか、俺の前で結婚の事を話題にしなくなった。


 40代の半ばくらいまでは、顔を見るたびに「まだ結婚しないのかい」とか、「早く孫の顔が見たい」なんてプレッシャーをかけて来たのにもかかわらずである。まあそれはそれでウザかったのであるが。


 ところがいざそういう事がなくなると、今度はさびしさを感じるようになっている自分がいる。本当に人間って勝手なものだとつくづく思う。



 久しぶりに母と結婚の話をする事になった。ついでに恋の話まで。母とこんな話なんてくすぐったくて今まで一度もした事がなかった。


 きっかけは、一緒にテレビを見ている時に「マウントを取る」という言葉がクローズアップされていた事。


「智也、何だい『マウントを取るって』?」

「遠回しに『私はあなたより上』って示す事だよ」

「例えば?」


「そうだな……叔母さんが孫とかひ孫の話をする時に、大変だとか悪口言ったりするでしょ。あれポーズに決まってるじゃない。本心は家族自慢だから」


 俺のせいで孫がいない我が家と違い、叔母の家は2人兄弟が2人共結婚し、孫が計6人とひ孫が3人もいるのだ。


 まあ、良くある話だと思う。たしかに子育ては大変だし、子供が非行に走ったりすると「本当にうちの子はしょうがなくて」みたいに困った顔をして言ったりするけれど、やっぱり本心は「こんなににぎやかな家族で幸せ」だってアピールしている訳だ。


 俺がいつまでたっても結婚しないから、母にはずいぶん肩身の狭い思いをさせてしまっている。


 それでも母はそれ以上孫とか結婚の話をしようとしなかった。俺はこの時なぜか今まで避けていたこの話題を自分から持ち掛けたのだ。


「なあ母さん、孫欲しくないの?」

「もちろん欲しいよ。でも智也が結婚したくないんじゃしょうがないでしょ」


 やっぱりそう思ってたんだ。


「結婚したくない訳じゃないよ。相手がいないだけ」

「お見合いとかしないのかい。今はそういう業者もあるんでしょ」

「出来れば恋愛結婚がいいかな」

「智也は今までどんな恋をして来たんだい」


「なんだよ改まって。なんか恥ずかしいな。母さんから先に話してよ」

「こう見えてもね、お母さん若い頃はすごくモテたのよ。お父さんとつきあう前に2人お付き合いしてて、2人からプロポーズされたの。だからお父さんと合わせると3人の男の人からプロポーズされたの」


 こんな事初めて聞いた。でもたしかに母は若い頃はそれなりに綺麗だった。中学では男女問わず友達から「広瀬のお母さん美人で羨ましい」なんて言われていたのだ。


「そうなんだ。そりゃすごいな。でもなんで父さん以外の2人は断ったの?」

「やっぱりまだ若かったからかな。あと1人はそんなに好きなタイプじゃなかったしね」


「ひどいなそれ、じゃあその人とは遊びだったって事?」

「まあ、そういう事になるかな」


 息子の俺につつみ隠さずそんな事まで話してくれたので、俺は更に話を続けた。


「父さんは母さんにベタ惚れだったでしょ。息子の俺から見ても分かったよ」


 父は15年前に他界している。70歳になったばかりの頃に突然亡くなった。生前は共稼ぎだったので、いつも母を車で職場に送ってから自分の会社に出社し、帰りは迎えに行っていつも一緒に帰ってくる。


 更に休日は囲碁とダンスを趣味としている社交的な母を会場まで送り迎えしたり、時にはイベント等のお手伝いもしていたのだ。絶対に浮気なんかしそうもない状態である。もっと言えば母の尻に敷かれていた。


 そして父はそんなにカッコいいタイプの男ではない。性格も堅物で母のように社交的ではなかった。


 幼い頃、俺は女の子とおままごとをするのが大好きで、男友達よりも女の子と良く遊んでいた。そんな俺に父は「あまり女の子とばかり遊んでると、大人になってから女ったらしになるからやめなさい」と言ったり、中学の頃は交換日記をしていた娘から電話が来ても取り次いでくれなかった。


 俺が抗議すると「中学生の分際で男女交際なんてとんでもない」と言われた。それぐらい真面目くさった人だったのである。


 だから、てっきり父は母しか女性経験がないと思い込んでいた。ところが……


「父さんって、母さん以外に恋なんてした事ないでしょ」

「それが違うのよ。お父さんは私と付き合う前に大恋愛をしたんだって」

「えー何それ聞きたい」


「その相手の人は20代の若さでガンで亡くなったんだって。もし元気だったら私じゃなくてその人と結婚してたと思う。それはそれは大ショックでしばらく女の人とは付き合えなくなったって言ってた」


 俺はびっくりした。あの堅物の父にそんなドラマみたいなロマンスがあったなんて。でももしその恋が成就していたら、俺はこの世に生まれて来なかった訳だ。すごく複雑な気持ちだ。


 息子としてはそんな両親の元に生まれた事を嬉しく思った。

 俺はある事を決意した。今こそ母に、誰にも言えなかった自分の秘密をカミングアウトする時だと。


 俺は大学生の時のある恋をきっかけに、普通のセックスが出来なくなってしまったのだ。だから仮に相手がいたとしても、母に孫の顔を見せるのは極めて難しいのである。


 今までは、誰よりも親には知られたくなかった秘密だ。とうとう父は知る事なくこの世を去ってしまった。母にも知らせない方がいいと思っていた。「知らぬが仏」という言葉もあるし。


 でも、やはり母には伝えよう。その方がいい。

 というのも、母は幼い頃に俺に正しい性教育をしてくれたからだ。周りの友達がみんなオブラートに包まれたような教育しか受けていなかったのに。


 例えば、赤ちゃんはお腹を切って産まれる、全部帝王切開だみたいな。

 母はそうじゃなかった。ちゃんと事実を自分の言葉で伝えてくれた。

 この人ならきっと俺の悩みも受け止めてくれる、そう思ったのだ。


「母さん、これから俺がした恋の話をするけど、びっくりしないで良く聞いて欲しい」

「なんだい改まって」

「もしかしたら母さん、すごいショックを受けるかもしれない」

「そうなのかい」


「それでもいいかな?」

「もったいぶらないで話してごらん。何があったって智也の味方だから」


「実は、大学の頃にある女の人をとても好きになったんだけど、その娘がさ……なんて言ったらいいのかな。その……子作りのための行為があまり好きじゃなくて……で、俺も同じだったからその娘に合わせてたら、いつの間にか俺も子作り出来なくなってたんだ」

「…………」


 母はしばらく黙り込んでいた。やっぱりこんな事言わない方が良かったかな。すると……


「そうだったんだ。辛かったよね。良く話してくれたね」

「母さんショックじゃないの?」

「もちろんショックだよ。でも智也はその人の事を本気で好きだったんでしょ。そこまで人を好きになれるって素晴らしい事なんじゃないかな。私もお父さんに出会えた事をとても幸運だったと思ってるから」


「もうどうしょうもなく好きでたまらなくて、以後は他の誰も本気で好きになれなくなったくらいなんだ」

「その人とはなぜ別れたの?」

「……」


「言いたくなければいいけど」

「実はもうこの世にいない」

「そうだったんだ。ごめん変な事聞いて。でも血は争えないね。お父さんと同じような恋してたなんて」


(たしかにアウトラインだけならそうかも。細かい部分では大きく違うはずなんだけどな。まあいいか)


「本当にごめん母さん。だから孫の顔を見せるのは無理かもしれない」

「なに謝ってるの。自分の生きたいように生きればいいじゃない。智也ももう大人なんだから。もしかしたら男の人が好きだとか言われるかと思ったよ。もちろんそうだったとしても智也の事は受け入れるけどね」

「母さん……」


(ありがとう母さん。やっぱりカミングアウトして良かった)


 俺は子供の頃に戻ったような錯覚に陥り、久しぶりに母に抱きついてしまった。涙が次から次へと溢れてきて止まらなかった。



 結局今日は俺の好みに合わせて一緒に緑のたぬきを食べた。

 そして翌日。母はこんな事を言ってきた。

「智也。そばもいいけど、たまにはうどんも食べないと栄養が偏るから今日は赤いきつねにしよう」

 やっぱり俺は、この人には一生頭があがらないみたいだ。



◇◇◇◇◇◇



「母と恋バナしてたら、俺が母に孫の顔見せられない理由を話す事になってしまった」を読んでいただきありがとうございました。


 現在、「赤いきつね」「緑のたぬき」幸せしみるショートストーリーコンテストにエントリーしてます。


 もし智也と母のお話に感動していただけたら、


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※ 長編小説「ひとり遊びの華と罠~俺がセックス出来なくなった甘く切ない理由」のスピンオフ作品です。本編もあわせてお読みいただけると嬉しいです。


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