教科書作り

 紙にペンを走らせる。




「ばびゅーんずきゅーんばーん! っと」




 暇に飽きた隠居魔女による、魔法の教本作りだ。




「バババババ! 敵は死ぬ! 」




 別に名前も知らぬ騎士のためではなく、自分の生きた証を後世に残すためである。


 おそらく王都の大図書館の禁書保管室に入れられるであろうこれは、書く前に考えていた物よりずっとよく出来た。




 自分が書いた紙を見ながら、満足気に髪を搔き、席を立つ。




「ふぅ…… ちょっと休憩しましょう」




 紅茶を飲みながら、浮かんでは消えるアイツのことをちょっと考えた。


 あれから1月半。まだ奴は来襲してこない。




 だからなんだと言うのだが……




「ちょっぴり、暇ね」




 言いかけて首を振る。


 私は1人で居たいのに




「ウホッ!」


「あ、森猿! なーに、またご飯欲しいの!?」




 猿はノーカンだけど。こいつもちょくちょくやって来ては、飯を貰って帰っていく。




 黒くてデッカくて毛むくじゃらの猿…… に似た何かに野菜を5つとクッキーを2枚渡し、また執筆に戻る。




 2時間後……




「はぁー、疲れた! でも、これで第1章、『国を滅ぼそう! 大規模破壊魔術♪』 は終わりね……」




 大規模破壊魔術は初歩ではあるが、好きな魔法が多い。やっぱり第1章に選ぶならこれだろう。




「えーっと次は……」




 次に書くべきことを考えるが、なんかこの成果を誰かに見せたくて堪らない。




 人とは関わりたくないが…… 仕方ない。このドキドキには変えられない。




 問題は渡す人物だけど、それはもう決めてある




「【転移】っと!」




 杖を振り上げ呪文を唱えれば、木造の暖かな家は目の前から姿を消し、冷たい石でできた建物の中へと景色が一瞬で移り変わる。




「よしよし、成功成功」




 久々の転移だったけど、上手くいったようだ。


 隣室からは聞き覚えのある声が複数聞こえてくる。


 これは突撃するしかない。




「だーかーらー、国防のためとは言えあんな戦力を……」


「いや、儂は下手に逆らって死ぬ方が怖いの!」


「ちっ、ヨント様もしっかりしろよ……」


「「はぁ……」」




 溜息と共に会話が一瞬止まったのを確認し、私はドアを思いっ切り開いた。


「たのもー!」


「何奴っ! ってうげっ! 噂をすれば……」




 うげっとは失礼な。


 前方に座っている、蛙を潰したような声を出したバカを睨みつける。




「なによ! 久しぶりに私に会ってうげっ! なんて…… おいヨント! あんたもなんか言いなさいよ!」


「そうですよヨント様。レディを慰めるのも紳士たる貴方様の役目……」


「おい宰相! 爆弾処理は王の仕事じゃねぇからな!? 違うからね!?」




 どいつもこいつも酷い奴らばかりだ。ヴァネッサ様への敬意が足りない。


 緑色の髪をした軽薄そうなオジサン。


 灰色の髪をした紳士的なオジサン。




「そして王冠を被ってる以外には特徴の無いモブ……」


「酷いなオイ!? 儂国王、お主は臣下、わかります? 義務教育受けてます??」




 全く、うるさいのと金持ってるのと権力持ってる以外に取り柄のない親父がなんか…… 優良物件だな??




 しかし、ここまで言われて黙ってる訳にはいかない。




「義務教育?? 受けてないですけど?? 最強の魔女っ子だからって幼い頃に召抱えてきたロリコンは何処の誰よ!!」


「それ儂じゃなくって宰相だから!!」




 私の渾身の言葉のパンチは躱されてしまった。ちくせう宰相め……




 っと、危うくやるべきことを忘れる所だった。




「あんたらのせいでやらなくちゃならない事を忘れてたじゃない……」


「いや、それは国家秘密の会議に突入してきた貴女が……」


「うっさい宰相!」




 一喝をし、懐から紙の束を取り出す。


 6個の視線が私の手に注がれている。いやなんかキモイわね。まぁこの親父部屋からはとっととズラかるとして……




「ふっふっふ…… これが何かわかる?」


「あー、自由帳か?」




 緑色髪のおっさん…… 宮廷魔法使い筆頭のギャモンを無視し、言葉を続ける。




「ヴァネッサ様直伝、魔法教育書よ!」


「「「な、なんだってー!?」」」




 ノリのいい親父達だ。


 その声に得意げに鼻を鳴らす私。




「まぁ中身は普通の教科書よ。できたのは第1章だけなんだけど……」


「ちょっ、お前の魔法なんて最高機密…… んなもん世に出されたら国が滅んじまうだろ!」




 ヨントが煩いが、私だって生きた証をこの世に遺したいのだ。


 ……あと暇だった。だいぶん暇だった。




「ちょっと、見せてください!」




 宰相が私の手から紙をひったくっていく。




「なになに…… 第1章大規模破壊魔術!?」


「そうね。やっぱ初歩はそれぐらい易しくないと……」


「ばっかお前ばっか! お前だってヒールとか使うじゃん!? そういうのでいいじゃん? なに国滅ぼそうとしてんだよ!」




 ギャモンも中々に五月蝿い。こいつは魔法教科書の印税で莫大な富を溜めているから、きっとその利権を私に奪われたく無いに違いない。




「ふふっ、完璧すぎてあんたの本、売れなくなるかもね!」


「おい宰相!見せてみろ!」




 今度は宰相の手からギャモンが本を引ったくり、読む事少々。




「……あー、いいぞ。うん、危険は少なめだ」


「はっ!? 何言ってるんだギャモン!」




 ヨントの問いに、ギャモンがこそこそ応える。まぁ相当失礼な言葉を吐いていたが、私に害は無さそうなので放置しておいた。




「詰まるところ…… 言語がヴァネッサ語のため誰も理解できず、またその魔法も極めて農業的なものだったと……?」


「はい、恐らく隠居生活で脳が野菜にやられちまったんでしょう。第1章の走り書きが、『税収で国を潰せ! 畑で王城を圧迫しろ!』ですからね……」


「ははっ…… それは本当に良かった……」




 なんかホッとしてる奴らに、改めてお伺いを立てる。




「んで、出していいのこれ?」

「いや、国で買い取るから街へは流さないでくれ……」


「なんですって!? 圧政よ圧政!」


「農業収入が増えすぎると物価が不安定になるんじゃ…… 幸いこの国は豊か。今はまだ良いだろう」




 くっそ、だがここで王命に逆らうのも愚策だ。


 すごすごと本を渡し、少額の金子を受け取る。




 そしてパッと3人に指を突きつけ言い放つ。




「んじゃあもう帰るわ。次は100年後に会いましょ!」




 私は人とは関わりたくないのである。気のいいおじさん達との久々の会話が、想像以上に楽しかったとしても。


 私はこれを振り切らねばいけない。




「100年後とかギャモンしか生きてねぇから!!」




 返されたツッコミに口角をあげつつ、家へと転移しようと入ってきた扉を開けて部屋から出る。




 杖を取り出し呪文を唱え……




「それじゃあ【てん――】、いやでも……」




 ちょっと引っかかる。


 私の叡智の結晶が、こんなところで埋もれてしまうのは勿体ない。人類の損失である。




 だから……




 仕方ない。


 これは人類の為なのである。




「【転移】っと」




 今度こそ呪文を唱え、景色は荘厳な石の白から雑多な石の砦へと移り変わる。




「はー、やめようかな…… でもなぁ……」




 砦の最上階のとある一室で、私は数分逡巡した末にようやく決断した。




「ここまで来たし、行くかぁ……」




 窓から砦を飛び出し、隣に併設されている兵舎に赴く。


 今はまだ昼。兵士たちは帰ってきておらず、寮母の女性だけが中で作業している様だ。




「はぁ…… これは人類の為、人類の為!」




 自己暗示を掛けながら、ついでに容姿を弄る魔法を掛け、自らの顔を中年女性の物へと変化させておく。




 そしてスタスタ、いかにも肝っ玉母ちゃんですという風を装って兵舎の中に入り込む。




 汗の香りが染み付いたそこを歩き、外から見えた中庭に至り、洗濯を干している寮母さんの元へと辿り着いた。




「あのー、ごめんねぇ」


「あっ、なんでしょう!?」


「うちの息子のぉ…… エヴァ…… えーっと」




 やばい、あんだけ啖呵切って使う場面が出てきてしまった。


 しかし私は名前を覚えていない!!




「息子さんがどうされました?」


「あー、エヴァごにょごにょ…… ってお世話になってるでしょお? ほら、ランスちゃんの飼い主の」


「あー、エヴァン君のお母様ですか! ようこそ! 本日はどういったご要件で?」




 馬さまさまだ。あいつは数少ない私が仕留めれなかった好敵手だから、よく名前を覚えていた。




「ちょっとねー、家にあの子忘れ物しちゃっててぇー、届けにきたんよぉ~」




 私の中の肝っ玉母ちゃん像がおかしい気もするが、どうにかやり通すしかない。




「あっ、そうですか! 預けていただければ、私の方から渡しますけど……」


「いいのぉ? じゃあお願いしますわぁ」




 そう言って、懐に忍ばせた2冊目の魔術教本を寮母さんに渡す。




「それじゃああの子のこと、宜しくお願いしますぅ」


「はーい、分かりました!」




 しっかり受け取って貰ったことを確認し、さっと兵舎を出て家へと転移する。


 懐かしい木の香りを目いっぱい吸い込んで、そっと吐きながらリラックスする。




「これでミッションコンプリートね……」




 お節介だったかもしれないし、これをきっかけにまた奴がやってくるかもしれない。




 でも、なんだかそれでもいいと思った。




 久しぶりの人とのふれあいは、なんだか優しい味がした。

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