5度目とお茶会

「また来たわね!」


 顔を見るのが趣味事件から1ヶ月。奴が再び来襲してきた。

 まぁこれまでは半月に1回ペースだったから、持った方だろう。


 が、目指すのは100年に0回ペースだ。まだまだ遠い。


「いやー、そういえば鍋忘れてたなぁって」

「魔のカレー事件からもう1ヶ月半よ! そういえばってアンタどんだけ鍋使ってないのよ」


 こいつが鍋を忘れる案件なんて、あの"ドキッ!

  出会って3回目の男がカレーを渡して来た!"事件しか考えられない。

 確かにあの時も、前回もすぐに帰らせたから、鍋は家にある筈。


「魔のって…… 何時もは兵舎の食堂で食べてるんです。 んで、偶の休日に肉じゃがを作ろうとしたらビックリ。鍋が無い!」

「ご愁傷さま。それでわざわざ2時間掛けて来たって訳? 借りパクは謝るわ。だから鍋持ってすぐ帰りなさい」

「まぁそんな事言わずに…… 折角2時間掛けたんですから」

「煩いわねぇ…… 分かったわ。私は鍋を取ってくるから、アナタは畑で茄子でも観察してなさい!」

「えー……」


 思いがけず借りパクしてた形に。

 今回はちょっと私も悪いから、これは受け入れてさっさと帰らせよう。


 ヤツを畑に追い払い、家へ入って鍋を探索する。


「んーっと、何処だっけ…… あん時は確か怖くて食べなくって……」


 調理器具の棚を見るが、見当たらない。

 そうそう、あの時は薬だの髪の毛だの諸々が怖くって、食べなかった筈……


「えーっと…… 」


 物置? ない。火に掛かっている訳でもないし……


 って


「あ!?」


 並行して続けていた記憶を遡る作業。それが遂に終了して……


「森猿にあげてた?」

「は、はい……」

「ヴァネッサ様 俺の鍋 猿にあげて 行方不明」

「ごめんなさい! 」


 長い金髪がバサッと広がる。

謝罪の言葉と共に勢いよく下げられた"美しい"頭が1つと、苦笑しながら見てくるガキが1匹。


「いや、いいっすよ…… 確かにカレーは非常識でした…」

「いえ、この件についてアンタは3割くらいしか悪くないわ! 鍋は弁償する! 本っ当にごめんなさい!」

「3割…… まぁ、ですよね」


 全力で謝るけど、ここのラインは譲れない。カレーなど無ければ起きなかった事件なのだ。


「流石に急にカレーはめっちゃ怖い」

「ちょっとあの頃の僕は阿呆でした」


 しかし、それでも鍋紛失は罪が大きすぎる。


 新任騎士が、やっとのお金で揃えた大事な家具の1品。もしかしたら地元のお母様が買ってくれた物なのかもしれない。


 そう考えると申し訳無い気持ちが大きくなっていく。


 ……はぁ、仕方ない。


「お詫びにお茶出すわ。今椅子とテーブル持ってくるから、ちょっと待ってて」

「え、いいんですか!?」


 私の言葉に大袈裟に驚くアイツ。

『いいんですか!?』

 じゃないわよ。良くないけど、私なりの誠意は見せなければ大魔法使いの名が廃る。


「しょうがないじゃない。悪いと思ってるのよ」

「いやー、ヴァネッサ様の淹れたお茶飲めるなら、鍋の1万個や1兆個軽いもんです!」

「あんたの価値観は重めね…… 待ってなさい。今準備してあげるから」

「はーい!」


 軽口を叩くヤツを再び畑に残し、家に入る。


 森で取ってきた果物をカットして、紅茶に浮かべる。

 お菓子は…… クッキーがあった筈。


 畳めるタイプの椅子とテーブルを魔法で浮かしてドアから出し、私はカップとお皿を持って後ろから家を出た。

 あの黒髪坊主はまだ茄子を見ている。やっぱり変な奴だ。


 ドアが開く音にも気付かなかったのだろうか?

 取り敢えず声を掛けてみる。


「ほら、茄子はもういいでしょ! テーブル開くの手伝って。自分の使う椅子も組み立なさい!」

「あっ、りょーかいです! ……ん? なんかいい匂いしますね?」


 あっ、気付いた。

 そして中々にいい鼻を持っている様だ。


「ふふっ、アンタもまぁまぁ分かるじゃない。家で使ってる茶葉は最高級品だからね。これを飲めるのは王族か私くらいよ!」


 思わず胸を張ってしまう。

 だがそれも仕方ない。

 これは私の大きな自慢の1つだから。


 王城の温室で作られたこの世で最も美味しいお茶。

 年に200杯分しか採れないこれを、悪魔討伐の恩賞で年50杯頂けるようになったのだ。


「すっげー!! そんな貴重な物を……」

「それだけ悪かったと思ってるの。有難く飲みなさい!」

「……はい!」


 テーブルを開き、椅子に座って紅茶を啜る。


 そのまま静寂の中にクッキーが砕ける音だけが響くこと数十秒……


「なんか喋りなさいよ!」


 我慢の限界に至った。


「いやぁ…… しみじみ美味しいなぁと思って」


 そう言って貰えるのは嬉しい。確かに価値を考えれば1年の沈黙でも大袈裟では無い程だ。


「それは良かったわ。あっ、そういえば!」


 そこで聞きたかったことを思い出す。


「なんです?」

「あんた、なんでこんな辺鄙な所に来んのよ?」


 ずっと微かに気になっていたこと。

 ……微かにだけど!


 流石にあんだけ罵られても、ここへ来るのは鋼の精神か馬鹿かだ。

 この世界では命はまぁまぁ軽い。

 そして強者にはイってる奴が多い。


 国家的に地位を持ち、かつ強い私なら気に入らない騎士1人くらいなら殺っちゃうかもってことぐらい、アイツでも知っている筈なのに。


「あのー…… 」


問われたアイツは少し逡巡して、ゆっくりと口を開いた。


「……ファンなんです」

「Oh,It's so strange!」


 絞り出された一言に、驚きが限界突破する。


「どこの言語でしょう?」

「そんなのどうだっていいわ! ファン!?推しは愛でて楽しむ物。YESヴァネッサNOタッチよ!」

「そう、ですよね……」


 ファンが推しと近づくなんて、間違っておると私は思うのです。

 カレー送り付けるのとか厄介の極みだからな???


 超有名大魔道士だった私にはファンが多い。

 このエヴァンとやらも、そんなファンの1人だったらしい。

 推してくれるのは嬉しいけど、でもこれはちょっと違う。


「そう。まぁ私のことを推しちゃうのは人類の四大欲求の1つだから仕方ないわ。でもね…… 私はもう、隠居したの」


 役所で仕事をし、地方に飛び魔物を倒し、そしてファンサする。

 あの頃は大変なんてもんじゃなかった。

 疲れて、もうやめたくて、休みたくって。


 だからここに来たって言うのに。


「……」

「それをファンに訪ねてこられちゃ堪ったもんじゃない。ごめんなさいね。紅茶飲んで、クッキー食べたら帰りなさい」


 冷たい様に聞こえるかもしれないけど、私は私が1番大事だ。

 たまに尋ねてくる厄介騎士と、たまに家までやってくる厄介オタク。意味が全く違ってくる。


「……僕、ファンなんです。」

「それは聞いたわよ!」


 説教されたアイツは壊れたみたいに同じ言葉をひねり出して……


「僕、小さい頃からずっと、魔法のファンなんです!!」


 …………て、え?


「魔法の?」

「……はい。絵本や隣のおじさんの武勇伝。小さな頃から憧れてて! それでヴァネッサ様と仲良くなれば、教えて貰えたりしないかなー…… なんて」


 ……恥ずかしい。


「えっとー、私のファンではなく?」


 むしろファンであってくれ。私の罪を消してくれぇぇ!


「はい、ここに赴任してから存在を知ったので…… あっ、勿論お美しいですけど!」

「あ、ありがとう…… じゃ、無いわ!! 魔法は教えません! やっぱり早く帰りなさい!」


 勘違いした恥ずかしさに、隠居したい気持ちが加わり強い言葉で彼の望みを否定する。


 ……それに私の魔法は感覚派。人に教えるのは正直得意じゃない。


「駄目ですか……」

「沈んで見せても駄目なものはだーめ! やっぱ早く帰って! 早くお茶飲んで! ……でも貴重だから味わって」

「……はい」


 彼が紅茶を飲み、クッキーを4枚食べたのを確認してカップを片付ける。


「知ってると思うけど、道中偶に魔物が出るから気をつけて」


 鍋の相場の2倍程の金を渡し帰らせる。 再び私の元には静寂が戻り……


「これでまた、静かに生きられるわね」


 少し、寂しさが残った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る