世界は隠居させてくれない

 あれから2ヶ月。今日も森は静かだ。


 走る鹿を魔法で仕留め、浮かしながら帰路に着く。


 今日はご馳走。ステーキかしら、丸焼きでもいいかもしれないわね……




 でも……


 ちょっと今日は、自然の音が多い気がする。




 動物が木々と触れ合い、大地を踏みしめる音が。




「なーんかザワザワするわねぇ…… とっとと帰りましょっと」




 こういう場合、安全だったことは殆どない。


 転ばぬ先の杖、小走りで家へと向かう。




「ふぅ…… 一応防御結界張っとこうかしら?」




 鹿を家の中に入れ、大魔法用のお気に入りの杖を掴み……




「そーれ【大結か――】」


「ちょっ、そのバリアーストップ!!!」




 魔法を唱えようとしたその時。


 異様にデカい声を発する黒色の塊が飛び出してきた。




「ちょっとエヴァン! 来るの遅いわよ!!」


「……え!? 偽物!?」


「失礼な!!」




 ――――やばい。なんか変なことを口走ってしまった。






 気を取り直して、冗談混じりに魔法でもブッパなしてやろうと思ったけど……


 顔中汗だくで、なんかめっちゃ疲れてる?




「んで? そんなに急いでどうしたのよ?」


「はぁ…… はぁ…… まも…… まもの……」


「魔物がどうしたの!」




 来たばっかの怒鳴り声は最後の力だったらしい。彼は落馬する様に馬から降り、地面にへたりこんでしまった。




 伝令役が伝える前に死ぬなよ……




 ちっ、こんな奴に。しかも回復魔法は苦手なんだけど仕方ない。




「【ヒール】はい、元気になったでしょ? とっとと話しなさい!」


「ありがとうございます…… その、今回はお仕事なので、500歩くらい大目に見て頂けたら……」


「ごちゃごちゃ煩い。分かったから早く! 急いでるんでしょ?」




 この急ぎ様。そして……




 遠くから響き始めた地響き。まぁ、大体の検討は付く。


 だけど伝令の職務は果たさせてやらないと。




 彼は、言葉をゆっくりと溜めて口を開いた。




「……スタンピードです。魔物が、じきに此処にやってきます」


「へぇ? この近くにダンジョンがあったなんて聞いてないけど?」




 スタンピード。それは古くなったダンジョンから、魔物が溢れ出してくる現象。


 そうならない為に普段はしっかり管理されてる筈なんだけど……




「50年前に役所のミスでリストから消えていたらしく…… 一昨日存在が判明し、昨日騎士団による偵察が行われました。そしたら……」


「始まってたって?」


「はい……」




 ったく、そんな大事なリストの管理くらいちゃんとやっときなさいよ。




「んで、ここには何しに?」


「……」


「何だって言ってるの!」




 ちょっと言葉が強くなる。だけど事態は急を要する。こんな所でモタモタしてる暇は無い。




「……逃げてくれませんか?」


「え? なんて?」


「ランスに乗って、逃げてくれませんか?」


「……なんで?」




 言われたのは突拍子も無いこと。




「へぇー…… じゃあアンタはどうするの? この馬、1人乗りでしょ?」


「まぁ、走って?」


「馬鹿やん」




 馬鹿やん。


 まぁそんなことなんて出来る筈も無く。




「はー…… んで、上司はなんて言ってここに来させたのよ?」

「元宮廷魔術師次席ヴァネッサ様に、御協力を頂いてこいと」


「具体的には?」


「街へ降りて騎士団に合流し、共闘を」


「あんたも上司も馬鹿ね。結局それ、馬乗らなきゃじゃない」


「……あ、確かに」


「全く……」




 はぁ、まぁ言いたいことは理解した。


 そして、それは出来ない相談だ。




「上司さんのその要請には従えないわね。」


「え!? じゃあ、やっぱ逃げてくれますか!?」


「逃げろ逃げろ煩いわね! どうしてそんなに言ってくるのよ!」




 まーた逃げろと。


 しかもキラキラした目で言ってくるものだから、ちょっと気が引けてしまう。


 思わずぶつけたその問いに彼はビクンとして、ボソッと一言だけ。




「……心配、なので」


「へ?」




 …………




「あ、あんたみたいな雑魚に心配される筋合いは何処にも無いのだけれど!」




 受けたことの無い言葉に、顔がカーッと赤くなるのが自分でも分かった。




「だって貴女は僕の友達じゃないですか」




 そんな私に、生意気坊主は追撃をかけてくる。


 今度は堂々と、被せるように一言。




「ち、違うわよ! 勝手にあんたなんかの友達にしないで!」


「理由はお話しました。僕はあなたに傷付いて欲しくない。それに一般人に協力を求めるなんて騎士として……」


「はっ、甘い考えね。騎士なら! 人の命を守る為に、使えるものは全て使いなさい。要請には応えません。でもそれは、戦わないという事では無いわ。」


「え……?」


「"何故"私が、私だけの王国を手放さないといけないの?」


「えっ、それって……」




 まだ理解していないようだ。


 山を降りて街を守れ? まっぴら御免だ。




 私の、私だけのヴァネッサハウス。


 魔物の大軍が通り過ぎれば、ぐちゃぐちゃに荒らされてしまうだろう。




 ―――――そんなの、私が許す訳無いじゃない!




「魔物は、ここで私が殲滅するわ」


「……へ?」


「終わったら上司に言っといて。『将軍に口答えするな』って」




 ――――折角、田舎の閑職に就けばゆっくりと残りの人生を謳歌できると思ったのに。


 暇な時間は1年と持たなかった。




「エヴァン、あんた姓は!」


「へっ? はっ!? ウィルスです!」


「……騎士エヴァン・ウィルスよ! 北方大将軍ヴァネッサ様が命じます!」




 新卒だろうと、こういう所は騎士なんだろう。


 事情が飲み込めて居ないだろうに、エヴァンは私の大喝に合わせて背筋を伸ばし剣に片手を置く。


 またしても名前を使う場面が来てしまった。しかも直接呼び掛けるなんて……




「スタンピード? そんな雑魚集団、私にかかれば1時間で血と肉に変わってるわ! 出撃します。共をしなさい!」


「は、はいっ!」




 騎士に刷り込まれた習性を悪用して、考える間も無い程に間髪入れず命令を下す。説明は後だ。


 そしてゆっくりと微笑んで一言




「あんたこそ…… 逃げたかったら、逃げていいわよ?」


「い、いえっ! お供します!」




 金の影が走り出し、黒い影がそれを追って森を駆ける。

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