3-3



「あら〜、なんて可愛いぬいぐるみなの!」

「でも、ほこりまみれだわ」

「そうなの。皇帝陛下のお部屋で見つけた時、埃まみれで哀想わいそうだと思って連れてきたのよ」


 明るい太陽の下、ランドリーメイドたちがせんたくに集まって、きゃっきゃと話している。


「陛下がこんな可愛いぬいぐるみを持っているなんて意外ね」

せんざいでつけ置きしてれいにしましょう!」


 洗濯場に着いたヴァルトは、ランドリーメイドの言葉が耳に入りぎょっとする。

 その中心には、今にもみずおけに入れられそうな銀色のぬいぐるみがあった。


(つ、つけ置きだとっ!? ぬいぐるみの中には皇妃が……!)


 そんなことをしたらおぼれて死んでしまうではないか。

 最悪の展開を想像して、ヴァルトは顔面そうはくになり叫ぶ。



「そのぬいぐるみの世話は私がする! いっさいれるな!」



 とつぜん現れた皇帝の声におどろいたランドリーメイドは、ぬいぐるみを持っていた手をパッとはなし立ち上がった。

 バシャン、と洗剤入りの水桶にぬいぐるみが落ちる。


(ああ……!)


 動けるはずなのに、ぬいぐるみは静かにおけの中にしずんでいく。

 たまらずヴァルトはった。


「こ、皇帝陛下……! ガルアド帝国のほまれ高き太陽にごあいさつを」


 礼をとるメイドたちに構わず、ヴァルトは水桶から急いでぬいぐるみを救出する。

 びしょびしょのぬいぐるみを手に、かえらぬままヴァルトは低く告げた。


「……とんでもないことをしてくれたな。今すぐここから去れ」

「も、申し訳ありません……っ!」


ランドリーメイドたちは、皇帝の不興を買ってしまったと青白い顔で去っていく。

 足音が遠ざかってから、ヴァルトは慌ててぬいぐるみに声をかけた。


だいじょうか!?」


 ぬいぐるみは、水を吸って少し重くなっている。

 くたりと動かない様子に生きた心地がせず、ヴァルトは何度も声をかける。


「おい、しっかりしろ!」

「ぷはっ……」


 ようやくぬいぐるみが動いたことにほっとし、ヴァルトはその場に座り込んだ。


「げほげほ……っ」

「大丈夫か?」


 ヴァルトはぬいぐるみの背をさすってやる。


「はい、助けていただいたおかげでなんとか……。へ、陛下っ、れて」

 濡れたままぐらの上にのせられていることに気づき、ぬいぐるみが慌て出す。


「それを言うなら、君の方はびしょ濡れだぞ」


 ぬいぐるみの頭や体には白いあわまでついている。

 ぬいぐるみは自分の体をあちこちながめ、


「す、すみませんっ」


 ヴァルトのあしの上からして、頭を下げた。

 こうやってランドリーメイドから逃げることもできたはずなのに、どうして大人しくしていたのか。


(まさか、私の言葉をなおに守っていたというのか……?)


 危機的じょうきょうだったのに、秘密を守ろうとフェルリナはぬいぐるみのふりにてっしていた。

 この状況を誰にも知られるわけにはいかない、とヴァルトが言ったから。

 それなのに、ヴァルトはフェルリナが逃げたのかと疑ってしまった。


「君は悪くない……」


 後ろめたさを感じ、ヴァルトは彼女が気にしないように言う。

 いきなり部屋から連れ出され、洗濯されそうになり、こわかったことだろう。

 足元に水たまりをつくり、ぬいぐるみの体はふるえている。


(いや、濡れているからか!? 早くかわかしてやらねば……)


 気候はあたたかな春とはいえ、ずっと濡れたままなのは良くない。

 ぬいぐるみでもを引くのかは分からないが。


「とにかく早く乾かそう。まずは泡を流さなければ」

「そんな、陛下のお手をわずらわせるわけには……自分でできます」


 そう言って、ぽてぽてとぬいぐるみがもう一つの洗い桶に近づく

 ちゃぷん、とおのように入って泡を流そうと短いうでで体をごしごししているが、なんだかどんどんあわっているような。

 シャボン玉までふわりとただよい、銀色のぬいぐるみの体はもこもこと泡に包まれていく。


「あれ……?」

「かっ……」


 思わず、可愛いと口に出しそうになって慌てて口を押さえる。


「?」


 不思議そうに首をかしげるぬいぐるみ。


(やめてくれ……)


 このままではいつか、皇帝らしからぬ言葉を言ってしまいそうだ。

 泡に包まれ前が見えなくなったのだろう。じゃぶじゃぶ暴れるぬいぐるみを助けるべく井戸から新しい水を用意する。


「君に任せていたら、いつまでっても泡が消えない」


 ヴァルトはやさしく水をかけてあげる。


「す、すみません……」


 ぬいぐるみはいたたまれなさそうにしながらも、大人しくしている。

 おかげで泡が増えることはなかった。



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