3-4


 綺麗に流し終えると、洗濯場に置いてあったタオルを持ち出して、その体にふわりとかけてやった。

 そして、ヴァルト自身も服の上から軽くタオルでく。


「一人で拭けるか?」

「はいっ」


 元気よく返事をして、ぬいぐるみの短い手足でジタバタとふんとうしていたが、見事にタオルにもてあそばれていた。



(可愛すぎる……)



 タオルにくるまってコロコロと転がっている様子に、ヴァルトは天をあおいだ。

 自分はおかしくなってしまったのだろうか。

 それに、誰かに見られたらまずい。このままではだ。早くやめさせよう。


「……見ていられん」


 そう言って、ヴァルトはぬいぐるみの体をタオルで包んだまま、立ち上がった。


「へ、陛下……っ!?」


 洗濯場から皇族の居住区域をへだてる庭には、小さなあずまが建っている。

 アーチをえがいた白い屋根と白いベンチ。

 この東屋は庭の中央に建てられており、三百六十度どこからでも庭を楽しめる。

 ヴァルトは、ぬいぐるみを東屋のベンチに座らせた。


「ここは?」

「皇城にある庭園の一つだ」

「とてもきれいな場所ですね」


 庭園をよく見ようとぬいぐるみの頭が左右に揺れる。可愛い。

 そして、その目は心なしかかがやいているように見える。


(花が好きなのか?)


 ヴァルトは、庭園が見やすくなるようにぬいぐるみを自分のひざにのせてやった。

 まだしっとりしているが、ぬいぐるみの水気はある程度取れている。


「ひゃっ!? 陛下!?」

「いつの間にこんなに汚れたんだ?」


 ぬいぐるみの体には、水で流しきれなかった埃がふわふわの毛にからまってまだ残っていた。


「す、すみません……まだこの体に慣れなくて、歩こうとするたびに転んでしまい……」

「そういうことか」


 今朝も、一人で起き上がることすらできていなかった。

 ぬいぐるみから人間の体にもどれないのなら、一人でも歩けるようにと練習するのはおかしくはない。

 その様子を想像してしまい、また表情筋がいっしゅんゆるみかけたが、長年かたまったそれが簡単にほぐれるはずもなかった。


(あのメイドたちにも、悪いことをしてしまったな)


 ランドリーメイドが皇帝の部屋で埃まみれのぬいぐるみを見つけたら、きれいにしようとするのは当たり前だ。

 まさかぬいぐるみの中に皇妃の魂が入っているなんて、誰も思わないだろう。


(それなのに、私は真っ先に彼女の無事よりも裏があるのではないかと考えていた)


 疑うことと、事実を見誤ることは別物だ。

 ヴァルトが心の内で反省していると、目の前のぬいぐるみがブンブンと腕を振って埃をはらおうとしていた。


「うぅ〜、離れて〜」


 自ら埃を取ろうとしているようだが、ぬいぐるみのふわふわな手では埃がくっつくばかりだ。

 見かねたヴァルトは、ぬいぐるみの手にくっついた埃を指でまんで取ってやる。

 ついでに、短い手足では届かないだろう背中や、おしりの埃も……。


「きゃあ」


 ぬいぐるみはバタバタと手足を動かしてヴァルトの膝の上から逃げようとする。


「どうした!?」


 転げ落ちたら危ないので、ヴァルトは膝の上から下ろしてやった。

 そして、とうとつに気づく。

 ぬいぐるみだから気にしていなかったが、中身は女の子だった―― と。


「す、すまない」


 しゅくじょの体に許可なく触れるなど、とんだ無礼だ。

 ヴァルトはばつが悪くなって謝る。


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