2-4


「……戻れません」

か」

「うぅ、本当に、すみません」


 自分で戻ることができないと分かると、ヴァルトは再びぬいぐるみをソファに座らせた。


「確認だが、このぬいぐるみは?」

「……実は、陛下へのおくものとして手作りいたしました」


 照れながら言うが、ヴァルトは反対に厳しい目つきになる。


「何か細工をしていたりは……」

「そんな、細工なんてしていません! 陛下をイメージして作っただけです……!」


 言ってから、あっと口を手でふさぐ。


(言わないつもりだったのに……!)


 ずかしすぎて顔を上げられないでいると、ヴァルトが「私をイメージし

て……?」とぼそりと呟いた。


「最近になってほとんど手つかずだった皇妃の予算が使われたのは、これが理由か」

「そう、です……」


 人質であるフェルリナにも、皇妃として使えるお金は用意されていた。

 ぬいぐるみの材料を選んだ時のことを思い出し、フェルリナはもしやお金を使いすぎておこられるのかと身構える。


「事情は分かった」


 存外あっさりした返事にフェルリナはひょうけする。

 しかし―― 。


「この状況について、だれにも知られるわけにはいかない。君の体とぬいぐるみは私のかんに置く」


 そう言って、ヴァルトはぬいぐるみをひょいっとげた。



(えっ、えぇぇ~~~っ!?)



 いっしゅんで、フェルリナはヴァルトの腕の中にいた。

 ガルアドていこくべる皇帝の腕に抱かれるなんて、恐れ多すぎる。

 フェルリナは内心悲鳴を上げながら、ジタバタと暴れた。


「へ、陛下!? お、下ろしてくださいっ!」

「こら、暴れるな。落とされたいのか?」


 背の高いヴァルトの腕に抱かれているため、見下ろすと床が遠くに見える。

 ここから落ちた時のことを考えて、ぞくりとぶるいしたフェルリナは、暴れるのをやめた。


「で、でもっ……陛下のお手をわずらわせるわけには」

「その短い足で、私の歩みについてこられると?」

「む、無理です……」

「それなら、黙ってじっとしていろ」


 フェルリナは、ヴァルトの言葉にこくりとうなずくことしかできなかった。

 ようやく大人しくなったぬいぐるみを見て、ヴァルトは歩みを進める。



「皇妃の部屋は、私の部屋と続き部屋になっている」

 説明しながら、ヴァルトは皇妃の部屋からとびら一つでりんしつに移動した。


「ここが私の部屋だ」


 皇帝の部屋は、先ほどの皇妃の部屋よりも広く、落ち着いた色合いで統一されていた。

 かべがみは深い青、大理石の床にはがくようえがかれ、調度品にはすべて金や銀が使われている。


「ぬいぐるみなのだから、眠るのはここで十分だろう」


 部屋を見回していると、すとんとどこかに下ろされた。

 てんがい付きの大きなベッドの近くに置かれた、ソファだ。


「えっ……ここで寝てもいいのですか?」

 皇帝のしんしつ―― それも、ヴァルドの眠るベッドの近くで?


「言ったはずだ。監視下に置く、と」


 そう言ったヴァルトの顔は、非常に不本意そうだ。


「そ、そうなのですが、誰かしんらいできる方に任されるのだと思っていました」

「この訳の分からない状況を知っているのは私だけなのだから、私が監視するしかないだろう。それに、襲われた皇妃ではなく、ぬいぐるみを見張れなどという命令を下せると思うのか?」

「も、申し訳ありません」

「まだ君への疑いも晴れていないし、ルビクス王国のかんも否定できない。すべてが明らかになるまでは、自由はないと思え」

「は、はい」


 冷たいまなしを向けられ、フェルリナの声は小さくしぼむ。

 ヴァルトはぬいぐるみに背を向けて、しんだいに横たわった。


(本当に、どうしてこんなことになってしまったの……)


 ガルアド帝国に嫁ぐことは、価値のない王女だったフェルリナに初めて与えられた役目だった。

 だから、形だけの皇妃だとしても、人質だとしても、ルビクス王国とガルアド帝国の和平のためにがんろうと意気込んでいた。

 それなのに、役に立つどころかこんな訳の分からない状況になりめいわくをかけることになってしまった。


 元の体への戻り方も分からず、フェルリナはこちらに背を向けて眠るヴァルトを見つめながら、ほうに暮れたのだった。


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