2-3


「失礼いたします」


 金茶色の髪と深緑の瞳を持つ男が入ってきて、フェルリナは体をこうちょくさせる。


「グラン、どうだった?」

「今のところ、らいがい報告はありません

でした。それと、念のため確かめてきましたが、あれ、、も無事でしたよ」

「そうか」


 額に手を当て、ヴァルトが安堵の息をつく。


「それにしても、皇帝とのばんさんの日をねらってくるとはねぇ。やっぱり、妃殿下と陛下に仲良くされると困る人間がいるんだろうね」


 グランは、室内にヴァルトとねむるフェルリナだけなのをかくにんすると、フランクな話し方に変えた。


「……そうだな」

「これを機にオレがこの前言っていた提案、考えてみたら?」

きゃっだと言っただろう」

「えぇ~。妃殿下のピンチにけつけたんだし、チャンスだと思うけどなぁ」


 そう言って、グランはちらりと眠るフェルリナに視線を向ける。


(この人は、一体……? というか、何の話を?)


 フェルリナはぬいぐるみのふりをしつつも、目の前の光景におどろいていた。

 ヴァルトを相手にくだけた口調で、じょうだんまで言える人がいたなんて。

 それに、ヴァルトのふんもグランを相手にしている時は心なしかやわらいでいる。


「そういえば、刺客の件はどうだったんだ?」

「あぁ、そうだった。妃殿下を襲った刺客は、ルビクス王国王家のもんしょう入りのたんけんを現場に残していた。王家から放たれた刺客かな。でもなんで妃殿下を狙ったんだろうね?」


(ル、ルビクス王国王家の短剣が……!?)


 にこやかに告げられた事実に、フェルリナはびくりと反応してしまう。

 幸い、グランはヴァルトの方を見ていて気づいていない。


「皇妃は和平のしょうちょうだ。それを害そうとしたのだから、ろくな目的ではないだろうな」

「はぁ~、めんどうなことにならなきゃいいけど。刺客はまだとうそうちゅうだが、そう遠くへは行けないだろう」

「そうか。さっきゅうに刺客のがらこうそくしろ。ルビクス王国側の動きの調査もな」

「げ。オレをこき使いすぎだとは思わない?」


 グランは口元を引きつらせた。

 しかし、ヴァルトは気にした様子もなく、ばっさり告げる。


「思わん。今回の件が解決したら一日だけ休みをやるから、さっさと働け」


 一日だけなんて短すぎる、とくちびるとがらせながら、グランは出ていった。

 彼の背を見送った後、ヴァルトはぬいぐるみに向き直る。



「さて。刺客はルビクス王国王家の紋章入りの短剣を持っていたそうだが……知っている顔ではなかったか?」

「い、いいえ、分かりません。暗くて、顔もかくしていたようだったので……」


 男だということは声や体格から分かったが、顔半分を布でおおっていたこともあり、相手の顔はよく見えなかった。

 もしかしておうからの差し金だろうか。


(他国に送ってもなお、殺したいほどにくまれているの……?)


 ぞっとしてフェルリナはふるえ出す。

 小刻みに震えるぬいぐるみを見て、ヴァルトは軽くせきばらいをして言った。


「それで、自分で元にはもどれそうにないのか?」

「ふぇっ!? えっと、分かりません」

「入れたんだから、戻れるかもしれないだろう。やってみろ」


 フェルリナの返事も聞かず、ヴァルトはぬいぐるみを両手で持ち上げてベッドに下ろす。

 その手が存外にやさしくて、恐怖が和らぐ。

 自分の体を外からながめるのは不思議な気持ちだ。

 もこもこの手を伸ばして、眠る自分の体にれる。


 ―― 戻りたい。戻れますように。


 というか、早く戻らないと後ろのヴァルトからの視線があまりにも痛い。

 しばらく念じていたが、元の体に戻れそうな気配はなかった。

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