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 ヴァルトが目の前でうでを組み、こちらをじーっと見つめてくる。

 ぬいぐるみのふりにてっし、フェルリナはヴァルトと至近距離で見つめ合う。


 ななめに流したまえがみからのぞくダークブルーのひとみは、冬の夜空のように冷たくも美しい。

 ぬいぐるみの素材を選ぶ時、最もなやんだのが瞳の色だった。

 やはり、実物の方がよっぽどきれいだ。


( ―― って、れている場合じゃなかったわ……捨てられたらどうしよう)


 得体の知れないぬいぐるみなど、あやしさ満点だろう。

 しかし、一体いつまでこの状態が続くのか。


(ど、どうしてこんなに見つめるの? まさか、わたしがぬいぐるみの中にいること、バレてる!? 正直に言った方がいいの!?)


 ぬいぐるみになってしまったことにも思考が追いついていないのに、ヴァルトとにらめっこしながらなんて冷静に考えられるわけがない。

 パニックにおちいっているフェルリナには、冷静な判断なんてできそうになかった。

 見つめられすぎてきんちょうしてしまい、とうとうぬいぐるみの体はぽてんと転がった。


「っと。今ぬいぐるみが勝手に動いたか?」


 とっにヴァルトが転がり落ちるぬいぐるみをつかむ。



「ふぎゃっ!」

「……っ!?」



 やってしまった。

 ぬいぐるみのまま、摑まれたしょうげきでついしゃべってしまった。

 フェルリナはあわてて口をパッと押さえるが、もうおそい。

 ぎょっとし、ヴァルトはぬいぐるみを放す。

 落とされたぬいぐるみは、ぼふっとその勢いのままゆかに顔面から着地する。


「いや、ぬいぐるみが動いて話すなどあり得ない……げんかく作用のある薬でも盛られたのか?」

「そ、そんなことはしていません!」


 せっかく和平を結ぶためにけっこんしたのに、あらぬ疑いをかけられて再び戦争になどなったら大変だ。

 フェルリナは起き上がって必死に首を振り、否定する。


「! やはり動いている!? 皇妃に似た声まで聞こえるなんてどういうことだ?」


 ヴァルトは、クマのぬいぐるみに銀色にかがややいばを向けた。

 ―― ひぇっ……っ!

 もうすことはできない、とフェルリナは腹を決めた。



「信じてもらえないかもしれませんが、わたしは皇妃フェルリナです!」

「……は?」

か魂がぬいぐるみに入っちゃったんです……っ!」



 ヴァルトはあっられた顔をし、固まった。

 泣きそうになりながらも、フェルリナはぬいぐるみとして目覚めた時のことを正直に話す。

 刺客に襲われて、恐怖で気を失ったこと。

 次に目が覚めた時には、ぬいぐるみの体に魂が入っていたこと。

 自分でも何がなんだか分からないこと。

 ヴァルトはひとまずけんを収めて、だまって話を聞いてくれた。


「もしや、皇妃として私に近づき、〝いにしえの遺品〞のほうを使って暗殺しようとしたのか? そして、その魔法が失敗し、暴走した……?」

「……そんなっ」


 違うと否定したいが、フェルリナはルビクス王国の真意を知らないのだ。

 ただ冷酷皇帝のげんをとるように、と送り出されただけ。

 自分に魔法を使う力はないし、何かそれらしいものを持たされたわけでもない。

 ―― けれど、知らないうちに何か仕込まれていたのだとしたら。

 だがもしそうだとしても、フェルリナ自身にヴァルトを傷つけようという意思はない。


「いや、あのルビクス王国が貴重な〝古の遺品〞を自国の外に出すとは考えにくいな」



 この理解しがたい状況でヴァルトが真っ先にルビクス王国を疑うのには理由がある。


 数百年前、大陸には魔法が息づいていた。

 中でもルビクス王国は魔法のはじまりの国であり、ほう使つかい誕生の地でもあった。

 しかし、変わりゆく時代の中で魔法の力は弱まり、今では失われている。

 特に魔法によって権力を得ていたルビクス王国は、魔法を失ったことで一気に弱体化した―― ように見えた

 たしかに魔法は失われたが、実は起源の地であるルビクス王国にのみ魔法をふうめたほうしょくひんや装身具がいまだ残っていたのだ。


 ――それが、〝古の遺品〞。


 今や世界中で魔法を使えるのは、〝古の遺品〞を持つルビクス王国のみ。

 さらに言えば、起源のだいな魔法使いの血を引くルビクス王家の者のみが、その〝古の遺品〞を使うことができる。


 どのような魔法が封じ込められているのか。

 その保有数はどれだけあるのか。

 どのようにして使用するのか。


 ルビクス王国が持つ〝古の遺品〞に関する情報はとくされている。

 他国が容易に手を出せないのも、その魔法をおそれてのことだった。

 ただし、ルビクス王家の生まれとはいえ、罪人の子として蔑まれていたフェルリナは〝古の遺品〞など見たこともないが。


 ヴァルトはフェルリナの魂がぬいぐるみに入ったことについて、〝古の遺品〞により何者かが魔法を使ったのではないかと考えているようだ。



「だが、魂がぬいぐるみに入るなど、魔法以外に考えられないのではないか?」

「それは……」

「まさか、あれ、、が使われたのか……?」


 ヴァルトがそうつぶやいた時、ノックの音がした。


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