第2章 冷酷皇帝と恐怖の夜

2-1



 フェルリナが目を覚ました時、真っ先に見えたのはヴァルトが女性をベッドにかせているところだった。

 まさかヴァルトにはこいびとがいたのだろうか。

 かくおそわれていたはずだが、どうしてヴァルトと恋人のおうを見ているのだろう。


 混乱しつつも、よくよく見てみると、女性のかみはローズピンクで、着ているドレスにも見覚えがある。

 そう、ついさっきまでフェルリナが着ていたピンクのドレスにそっくりで―― 。


(……って、あれは、わたし!? なんでわたしがあんなところに……?)


 自分の体を見ているなんて、一体どういうじょうきょうだ。

 そしてふと、周囲の物のサイズ感がおかしいことに気づく。


 ベッドや調度品は、こんなに大きかっただろうか。

 というか、目に見えるものすべてが大きい。

 なんだか、目線もいつもより低い気がする。


(どういうこと? ん? 赤い、リボン……?)


 視界のはしに赤いリボンが入り、見下ろすと、ふわふわのクマの足が見えた。

 リボンにもクマの足にも見覚えがある。


 しかしなぜこんなに近くに?


 首をかしげていると、「殿でん……!」という声が聞こえ、ハッと顔を上げる。

 ベッドに横たわる自分(?)の側にリジアがひざをついている。

 彼女も無事だったのだ。そのことに、ひとまずあんする。


 しかし、リジアの言葉の意味を理解し、今度は青ざめる。

「妃殿下」と声をかけたということは、あのベッドにいるのはちがいなく、フェルリナだということだ。


(じゃあ、今のわたしはどういう状況なの!?)


 自分の存在を確かめるように両手をほおに当ててみれば、なんとまあギリギリ頰まで届かない。

 その代わり、もふっというやわらかなかんしょくが手に伝わって。

 まさかまさかと思いながらためしに手を目の前で動かしてみたら、ぽふぽふの丸っこいクマの手が動いた。



(もしかして……ぬいぐるみになっちゃった!?)



 信じられない。

 しかし、そうとしか言えない状況に、フェルリナは内心でだらだらとあせをかく。

 まだ混乱する頭でベッドの方へ視線を向けると、しんさつを終えた医務官にるリジアの姿が見えた。


「妃殿下はご無事なのですか!?」

「体に外傷はありませんし、脈も正常に動いています。ひとまず、安静にしていれば問題はないでしょう」


 実際は問題だらけなのだが、さすがの医務官でもたましいの所在など分からないだろう。

 医務官と話しながら、リジアは退室していく。


(ちょっと待って! 置いていかないで~~~!!)


 手をばすが、短いのを忘れていたのでバランスが取れなくなり、そのままぱたりとたおれてしまう。

 なんて動きづらい体なのだ!

 取り残されたフェルリナは、とにかくまずいことになったと座り直し、ひとまずぬいぐるみのふりをすることにした。

 自分ですら信じられない状況なのだ。

 ぬいぐるみが動いているのを見られたら、最悪気味悪がられて捨てられてしまうかもしれない。

 じっとしていることが今は最善だろう。


 医務官とリジアが退室すると、ヴァルトはベッドに横たわるフェルリナに近づいた。

 こちらに背を向けているため、その表情は分からない。


「こういう形でこうの部屋を使うとは思わなかったな」


 ため息とともにこぼしたヴァルトの言葉が聞こえて、ここが皇妃の部屋だと知る。

 頭を動かさないように気をつけながら、フェルリナは部屋をわたした。


 深い赤を基調とし、室内に置かれた調度品にはぜいたくにも金が使われている。

 調度品の数も、シャンデリアの大きさも、部屋の広さも、今使っている部屋とは全くちがう。

 フェルリナは、どうやら皇妃の部屋をあたえられていなかったらしい。


 やはりひとじちとしてとついできた元敵国の王女に、正式な皇妃の部屋を与えることはできなかったのだろう。

 こうていの居住区域までずいぶんきょがあるとは感じていたが、理由が分かればなっとくだ。

 おそらくフェルリナに与えられていた部屋は、皇族の居住スペースではなかった。

 だからこそ、刺客が入り込めたのかもしれない。


「……ったく、襲われろとは言ってないぞ……ん?」


 ヴァルトがかえり、フェルリナはぎょっとする。

 明らかにこちらを見ている。

 そして、ヴァルトはそのままぬいぐるみに近づいてくる。

 ぬいぐるみにかんせんがあったなら、いまごろびしょびしょにれていただろう。

 それほどまでに、フェルリナは内心で冷や汗を大量にかいていた。


「なんだ? このぬいぐるみは」


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