1-6


 リジアはばつが悪そうに言った。


「その、妃殿下の湯あみも、着替えも手伝わず……」

「えっと……緊張しているわたしへの気遣いですよね?」


「? 他にも、食事は運ぶだけでテーブルの準備もせず……」

「そんな、わざわざ部屋まで運んでいただいて、あたたかい食事をいただけて、それだけで嬉しかったですよ?」


「は……? いえ、それだけでなく! まともに口もきかず……」

「わたしの方こそ、口下手で……すみません」


 ルビクス王国で話し相手などいなかったから、フェルリナは人と話すことに慣れていない。

 言いたいことが伝わらないこともある。

 だから、リジアたち侍女に何か誤解があったのなら、きっとフェルリナが悪いのだ。


「…………」

「あの…………?」


 じっとだまんだリジアが心配で、フェルリナはそっと声をかけた。

 話を聞いていた他の侍女たちも、皆が顔を見合わせばつの悪そうな表情をしている。

 一体、どうしたというのだろう。

 妙なふんの中、ハッとフェルリナは思い出す。


(そうだわ!)


 フェルリナは急いでしんしつに行き、クローゼットからある物を取り出して戻る。


おそくなってしまったのですが、皆さんへの感謝の気持ちをめて作りました。いつもありがとうございます」


 侍女一人ひとりのもとへ行き、フェルリナは感謝を伝える。

 侍女たちは戸惑いながら、受け取ったものを見つめていた。


「妃殿下、これは……?」


 フェルリナが侍女たちのために一人の時間で作ったのは、ネコやウサギなどの動物をモチーフにしたマスコット。

 手の平サイズのマスコットは、侍女服のポケットにもぴったり入る。

 実は少しだけポケットから顔が出るような可愛いふうらしていたりする。


(気に入ってもらえると良いのだけれど……)


 ルビクス王国でのフェルリナの趣味は、裁縫だった。

 母が罪人となり、一人になって、ゆいいつ残されたのは針子だった母が大切にしていた裁縫道具だけだったから。

 少しでも母のおもかげを追うように、離宮で過ごす時間は、姉王女たちが使い古したドレスのなどをもらってマスコットを作っていた。

 それすらも、ドレスをぬすんだと言わればっせられていたが。

 母とのつながりを感じられる裁縫は、やめることができなかった。


「マスコットは幸運をもたらすお守りとも言われているんですよ。母がそう教えてくれたんです」


 そう言って、フェルリナはにっこりと笑う。

 可愛いものは心もいやしてくれる。

 だからこそ、複雑な思いを抱えてフェルリナの世話をしてくれている彼女たちに、少しでも癒しや幸せを届けられるよういのりを込めて作った。


「私たちはなんてことを……!」


 たん、侍女たちがマスコットを握りしめながらくずおれていく。


(えっ、皆さんとつぜんどうしたのかしら……?)

 フェルリナは、侍女たちの前でオロオロとろたえる。


「妃殿下、どうやら誤解されていらっしゃるようなのですが……実は私たちはこれまでずっと嫌がらせをしていたのです。本来であれば、侍女が仕える主から目をはなすなどあり得ません。私たちは侍女としての仕事をほうし、妃殿下を困らせようとしていました」

「そうだったのですか!?」


 リジアの告白に、フェルリナは目を丸くして驚く。



「「「本当に、申し訳ございません!」」」



 フェルリナの目の前で、侍女たちがいっせいに頭を下げた。

 侍女や従者から謝られた経験もないフェルリナは吃驚びっくりし、一番むせび泣いているリジアにけ寄り背をでる。


「皆さんが気にむことはありません! こんな人質の皇妃ですが、仲良くしてくださると嬉しいです」


 そう言うと、侍女たちはまた声を上げて泣き、深く深く頭を下げた。




 侍女たちとの誤解も解け、改めて皇帝との晩餐に向けて準備を再開する。

 侍女たちはこれまでのことをつぐなうように、持てる力をくして丁寧にフェルリナを着飾らせた。


「これが、本当にわたしなの……?」


 鏡に映る自分の顔は、ルビクス王国にいた時よりも健康的で、化粧のおかげで肌も輝いて見える。

 オールドローズ色のドレスは、シンプルなデザインではあるが生地にこうたくがあり、シャンデリアの下ではきらめきを放つだろう。

 開いたむなもとには、小さな赤い宝石がまれたネックレスが控えめにきらめいている。

 いつも一人でまとめるのが大変だったふわふわのローズピンクの髪はゆるく編み込まれ、赤やピンクの花の飾りにいろどられていた。


 王女でありながらおおやけの場に出ることがなかったフェルリナは、自身を着飾った経験があまりにも少ない。

 だからこそ、今の自分の姿を見て、フェルリナは驚きを隠せなかった。


「とってもよくお似合いですよ」


 きゃしゃな体のラインを感じさせないようにと、リジアがショールを肩にかけ、にっこりとほほむ。そして、「傷のことは誰にも言いませんから安心してください」と、こっそり耳打ちした。

 フェルリナは驚くも、リジアの思いが伝わり、まゆを下げて安堵の笑みを浮かべながら「ありがとう」と感謝を伝えた。

 他の侍女たちは「心が清らかな上に見た目も天使だなんて……」「今まで着飾ってこなかったことがやまれる……」などとつぶやいていた。


「皆さん、ありがとうございます。頑張ってきます!」


 食事の作法への不安は残るけれど。

 それでも、侍女たちと同じようにヴァルトとも心を通わせたい。


 フェルリナはドキドキしながら晩餐の間へ向かった。


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