1-7



「どうした、食べないのか?」


 前菜が運ばれても食べようとしないフェルリナに、ヴァルトがいぶかしげに問う。

 陛下と久しぶりに会えた喜びでいっぱいなのに、食事を目の前にすると緊張で手が震え出す。


(せっかく、陛下がわたしのために時間をつくってくださっているのに……)


 フェルリナはテーブルに並ぶカトラリーを見て、視線を彷徨さまよわせる。

 ガルアド帝国の晩餐は、とにかくテーブルが華やかで美しい。

 みがげられたナイフやフォーク、スプーンなどの銀器はもちろんのこと、ガラス製のグラスにもせんさいな装飾が施されている。

 ルビクス王国ではお皿も装飾のないシンプルなものが多く、調味料を入れるための容器なんて見たことがない。

 華やかに彩られ、目を楽しませるしょくたくではあるが、今のフェルリナにはじゅんすいに楽しむ余裕はなかった。


(えっと、カトラリーは外側から順に……)


 そっと一番外側のナイフとフォークを持ち上げる。

 静かすぎる室内では、その際に立てた「ことり」という音すら大きくひびくような気がした。


 フェルリナの緊張は増し、口がかわいていく。

 長テーブルの向かいに座るヴァルトが美しい所作でナイフとフォークを扱っているのが分かる。

 ここで失敗してしまったら、もう晩餐にさそってもらえなくなるかもしれない。

 そう思うと、一つも間違ってはいけないというきょうはく観念にかられ、フェルリナは動けなくなってしまった。


けいかいせずとも、毒は入っていない。もし気になるなら、専属侍女に毒見させるか?」

「いいえっ、ただ、その……」

「私とは食事ができないということか」


 声をあららげることもなく、ヴァルトは淡々と冷ややかに言った。

 ダークブルーの瞳が冷たく細められ、胸を突き刺す。


「ちが、います」

 かすれた声がヴァルトの耳に届いたかは分からない。


「もうよい。今日はこれで失礼する」


 そう言ってヴァルトは席を立ち、退室してしまった。

 ヴァルトに会ったら、まずはお礼を言いたいと思っていた。

 とても素敵な部屋を。侍女たちを。美味しい料理を。ドレスを。装飾品を与えてくださったことを。

 それなのに、おこらせてしまった。げんそこねてしまった。

 せっかく用意してくれた晩餐の料理も、緊張しすぎて一口も食べられなかった。



「妃殿下、大丈夫ですか?」

 青ざめた顔で震えるフェルリナに、リジアが心配して声をかけてくれる。


「ごめんなさい、私、また……」

……? 大丈夫ですよ、まだ機会はあります。陛下は約束を守ってくださる方ですわ」


 リジアの言葉に、ハッと顔を上げる。


「そう、ね」


 週に一度、食事を共にする。

 それが、形だけの皇妃であるフェルリナに約束された夫と過ごせる時間だ。

 ルビクス王国でのことを思い出し、震えていてはだめだ。

 陛下のために、せいいっぱい自分の務めを果たしたい。


「ねぇ、リジアさん」

「何でしょうか」

「わたしに何かできる仕事はないかしら……?」


 リジアはまたたいた後、気遣うような表情を見せた。


「実は、ルビクス王国から来た妃殿下に良くない印象をいだいている者は多いのです。もちろん妃殿下のことを知れば、皆好きになってくれるに違いありません! でも今は、陛下の理解を得られるまであまり動かない方が良いかと……」

「そう……」


 しゅん、とフェルリナは肩を落とす。

 分かっていたことだけれど、ガルアド帝国の皇妃として認められるには、血のにじむような努力が必要なのだ。人質という立場ならば、さらにその何倍も。

 まずはヴァルトから少しでもしんらいしてもらえるようにならなければ。


「リジアさん、どうか協力してくださいっ!」


 フェルリナのたのみに、リジアはがおで頷いてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る