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***



 晩餐の間をいらちのままに出てき、ヴァルトはしつしつへ戻った。


「あれ? 今日は妃殿下とデートじゃなかった?」

「デートではない。様子見のための食事だ」

「ふうん。それで、どうして不機嫌なの?」


 皇帝であるヴァルト相手にこんな軽口がたたけるのは、この男だけだろう。

 グラン゠ソーラス。

 長年皇家に仕えるソーラスはくしゃくの出で、ヴァルトの側近だ。

 親友であり、戦友でもある彼をヴァルトは信頼している。

 遊ばせた金茶色の髪に深緑の瞳を持つグランは、にゅうな笑みを浮かべて、ヴァルトの答えを待つ。


「皇妃は、ガルアド帝国の食事には手もつけられないようだ」

「せっかくルビクス王国のまっずい味付けに寄せて作らせたのに? 一口も?」

「あぁ」


 何が気に入らないのか。

 まともに口を開かず、ただただうつむいているだけ。

 やはりルビクス王国の者が考えていることはよく分からない。


 二年前の戦争も、宣戦布告してきたのはルビクス王国だった。

 こちらはむかっただけに過ぎない。

 一年もかかるとは思わなかったが、最後は皇帝であるヴァルトが自ら前線に出て戦って終結させた。

 だからこそ、本来なら敗北したルビクス王国の立場は弱いはずなのだが。

 ヴァルトが和平のしょうちょうとして敗戦国の王女をめとることになったのには、理由がある。


「ルビクス王国がこっちのことを下に見ているとは聞いていたけど……皇帝との最初の晩餐でそんな態度はよくないねぇ」

「だが、ガルアド帝国に慣れてもらわなければ困る」


 ヴァルトはため息をつきながら、執務机のに座った。


「そうだね。じゃあ、もう少しヴァルトも優しくしてあげれば?」

「は?」

「ヴァルトにれさせれば、なんでも言うことを聞いてくれるんじゃない?」

きゃっだ」


 グランの軽い提案を、ヴァルトは苛立ちのままにてる。


(私が女性にいい思い出がないことを知っているくせに、こいつは)


 ヴァルトは、幼い頃から兄弟たちとのこうけいしゃ争いに巻き込まれ、命をねらわれてきた。

 様々ないんぼうの中を生きてきたせいで、疑うことがくせになっている。

 皇帝位を得た今でも、足元をすくおうとする敵はどこにでもいるのだ。

 この強い警戒心のおかげで生き延びてこられたといっても過言ではない。


 そして、今までヴァルトの周辺にいた女性は皆、笑顔の裏で後継者争いの陰謀に加担していた。

 だから、ヴァルトは皇妃として娶ったフェルリナのことも信用するつもりはない。

 ましてや敗戦国の王女だ。

 祖国をおとしめたヴァルトを憎んでいることだろう。

 大人しいふりをして、いつ命を狙ってきてもおかしくない。


「その方が楽だと思うけどなぁ。でも、無理か。ヴァルトの顔怖いし」

「うるさい。そもそも、私は女性に興味がない」

「はぁ~……。こうまん王女かもしれないけど、顔は可愛かったでしょ?」


 グランの言葉で、ヴァルトもフェルリナのことをおもかべる。

 たしかに、彼女の顔は可愛かった。

 ヴァルトより七つも年下の、ローズピンクの髪と赤紫の大きな瞳を持つれんな王女。

 結婚式の日、ヴァルトの冷たい言葉に大きくれた赤紫の瞳が何故かのうに焼きついている。

 だが、そのな瞳にも、可愛らしい顔立ちにも、だまされてはいけない。


「……見た目だけではどんな人間か分からない。だからこそ、週に一度はおかしなりがないか確かめる必要がある」


 昨日、世話をしている侍女たちにもさぐりを入れたが、食事にはほとんど手をつけず、ガルアド帝国の侍女を嫌がって近づけさせないと言っていた。

 人質として嫁いでいるのだから、怖がるのは当然だろう。

 しかし、だからこそ不自由のないよう手厚く世話しているはずだが、それすらも不満なのか。


「ま、あんまり様子見に時間をかけすぎてこうかいしないようにね」


 眉間にしわを寄せたヴァルトにあきれたような笑みを向け、グランは執務室を出ていった。


「ったく、余計なお世話だ」


 グランの忠告をもっとしんに受け止めておけばよかったと思う日が来るなんて、この時のヴァルトには知るよしもなかった。


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