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***



 大失敗だった晩餐から一週間後。

 フェルリナは午前中、ぼーっとしながらぬいものをしていた。


(陛下の瞳、本当にきれいだったなぁ)


 結婚式の時にもハッとさせられたが、久しぶりに会った時もヴァルトの瞳にまたってし

まった。

 だからこそ、あの目で冷たくかれると心が痛む。


(次こそ陛下とちゃんとお話しできるかしら……)


 一人になって思い浮かべるのはヴァルトのことばかり。

 だからか、手が勝手にヴァルト似のクマを作ってしまっている。

 ふわふわのクマの体は銀色で、きゅるんと大きな瞳はダークブルー。

 ヴァルトをイメージして作ったと一目で分かる色だ。

 首にはおくものだと分かるように赤いリボンを結んでいる。

 侍女たちが喜んでくれたこともあり、ヴァルトにも癒しを……と贈り物をしようと日々作り続けていた。

 あとはここを留めれば完成―― 。


「妃殿下、何を作っているのですか?」


 ふいにリジアに声をかけられ、フェルリナはびくっとして手元のクマを隠す。

 ヴァルトに似たクマを作っていたことを知られるのはなんだか恥ずかしい。

 しかし、隠そうとしたクマが転がり落ちていく。


「あっ」

「これって……」


 拾ったリジアは、なんとなくヴァルトを思わせるクマのぬいぐるみを見て目を見張る。


「ち、ちがうんです……っ! これは、その、陛下と話すためというか……っ」

 頰を染めながら、フェルリナはわたわたと言い訳をする。


「先日手芸の材料がしいとおっしゃった時からもしやとは思っていましたが……ふふ、妃殿下が陛下のことを思ってくださって、嬉しいです」


 リジアはにこにこと笑みを浮かべて頷いた。

 フェルリナは赤い顔を隠すように俯くしかなかった。




「今晩のメニューと似た料理をご用意いたしました。妃殿下、どうぞお召し上がりください」

「は、はい……」


 目の前に並ぶ美しい料理たち。

 今日のランチは、リジアたちがちゅうぼうにかけ合って用意してくれた特別製だ。

 前菜をいただき、次はメイン。

 ナイフとフォークを手に持ち、フェルリナはそっととりにくを切り分け、口に運ぶ。

 音を立てないよう慎重に、ゆっくりと同じ動きをかえす。

 美味しい。ちゃんと、味わって食べられている。

 自然と緊張もほぐれ、頰も緩んできた。

 ここまでの一連の流れをかたをのんで見守るのは、きゅうをしている侍女たちだ。

 デザートまでいただき、フェルリナはティーカップをソーサーに置いてからそっと息をついた。


「あの……わたし、大丈夫でしたか?」

 恐る恐る、フェルリナはリジアに問う。


「えぇ、何の問題もございませんわ」

「ほ、本当に?」

「大丈夫です。妃殿下は、もっとご自分に自信を持ってください」


 リジアが笑顔でそう言い、他の侍女たちもうんうんと頷く。


「妃殿下の所作はとっても美しいです!」

「なんの心配もいりませんよ!」


 あの日、フェルリナがリジアにお願いしたのは食事の練習だった。

 人前で食べることにきょうを覚えてしまうため、今日までの食事は彼女たちに見守ってもらっていたのだ。


「皆さん、本当にご協力ありがとうございます!」

「これぐらい、大したことはありませんわ。妃殿下のお役に立てるのならば何でもしますよ」


 誤解が解けたあの日から、侍女たちから向けられるまなしはとてもあたたかいものになった。

 皆がフェルリナに優しく声をかけてくれるし、食事はフェルリナの食べられる量に調整してくれた。

 今日の晩餐でも、フェルリナが食べきれる量で用意するよう料理長にお願いしておくと言ってくれている。

 テーブルマナーもかんぺきに覚えたし、料理の量も問題ない。

 侍女たちとの練習のおかげで、人前でも震えることはなくなった。

 あとはヴァルトを前にしてフェルリナ自身が緊張しないよう頑張るだけだ。


「それでは妃殿下、そろそろ準備をしましょう」


 今日は特別なものも用意してある。

 ちらりと椅子の後ろに隠してある完成したぬいぐるみへ視線を向けると、リジアが「大丈夫です、きっと陛下は妃殿下からの贈り物を喜んでくださいますよ」と耳打ちしてくる。

 フェルリナの顔はぼっと赤くなった。


「は、はい。頑張ります……」


 ドレスに着替えて約束の時間になると、フェルリナは皆から見えないようにぬいぐるみをきしめ、部屋を出たのだった。

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