第33話 さようなら、琥珀(晴日視点)

 琥珀のラジオで朗読劇パート……流れたのは隼人さんの声だった。

 ついさっき琥珀の声をライブで聞いたので記憶は鮮明だ。

 それにこの私が隼人さんの声を間違えるはずがない。


「絶対間違いないです。私は隼人さんの声だけは、間違えないです」

「うん……読んだ俺が自信ないのが恥ずかしいけど、少し心当たりはある」


 隼人さんからアシスタントの女の子と琥珀がエッチしていた話を聞いて、更に確信した。

 なるほど。録音時間を使ってエッチして、隼人さんに読ませて音声の精密加工?

 だとしたら、録音の生データが存在しないはず。

 それを確認してもらえば……。


『ライブおつかれさまでした! 早速ですが、ドラゴンさん内で不正行為が行われている可能性があります。いまどちらに居られますか?』


 現時点で不正は盛りすぎだけど、忙しい人相手には盛ったほうが話が速い。すぐに既読になった。


『おつかれさま。ライブ最高だったわ。素敵な提案をありがとう。……なんか緊急っぽいわね。今久しぶりにスタジオに入ってるけど、来てもらえますか?』

『琥珀さんのラジオ、生なんですか』

『そう。久しぶりにね、私も聞きたくてスタジオ来てるけど』

『少しお話があるので、お邪魔してもいいですか?』

『あと1時間ならいるけど』


 先に概要を送りますと伝えてノートパソコンを出した。

 隼人さんは私の動きの速さに驚いていたけど、テレビ業界の人たちは問題が出たら即対応は基本なのだ。

 問題として外に出てしまったら、対応に時間が掛かれば掛かるほど憶測を呼び、火は大きくなる。

 私以外に誰かが気が付かないとは言い切れない。

 まあ私以外の誰かが気が付いたら、その人とは親友になれると思うけど!

 車の中で膝をたてて概要を書き出す。

 私たちが行って、そのアシスタントの女の子に気が付かれる前にデータを確保してほしい。



 ライブ会場は海沿いだったので、スタジオに戻るまでに50分かかってしまった。

 でも私はLINEで犬飼さんに情報を送り、その事実に驚いた犬飼さんは収録中に動き、過去データの確認をしてくれていた。

 そして発覚したのは、隼人さんがドラゴンに所属して半年以上、ずっと朗読劇は隼人さんが読んでいた事実だった。

 放送用のデータは音声加工された後の琥珀のデータになっていたが、録音データは見当たらなかったのだ。

 当然だ。だってそれは隼人さんが読んでいるのだから。

 管理者さんを呼び出して、今は仕事中のアシスタントの女の子の個人フォルダのロックを解除すると、そこには六か月分の隼人さんの生データと、加工ファイルが残っていた。

 騒いだら消されていたかも知れない。

 私はデータの確保に安堵した。


 私たちが到着すると、もう収録は終わっていた。

 でも琥珀が乗っている四駆のベンツも停まってるし、まだいる。

 隼人さんと裏から静かに入ると、アシスタントの男の子が待っていて、録音室に通してくれた。

 隣接する作業部屋のほうに琥珀と犬飼さん、それにアシスタントの女の子もいるようだ。

 私と隼人さんはこっそりと座った。

 琥珀の開き直った声が聞こえてくる。 


「俺だけの責任じゃないよ、その女が最終的にやったことだし」

「……ねえ、私、朗読劇は貴方の原点だと思ってたけど違うの?」

 犬飼さんは静かに話しかける。

「半年以上誰も気が付かなかった事実で何か気が付かない? 誰が読んでも一緒だろ、そんなの」


 私の目が殺意と共に暗闇で光ったことを隼人さんが確認して、優しく手を繋いでくれた。

 ベンツでミンチにしたほうが良くないですか? アイツ。

 あ、ベンツが汚れますね。

 犬飼さんはため息をついた。


「こんな回りくどいことしなくても、ラジオの仕事したくないなら言ってくれれば、それだけで良かったのよ」

「さっきお前なんて言ったよ。『貴方の原点は朗読劇』。俺の意志なんて関係なく辞めさせなかっただろ?! 気持ち悪いんだよ。いつまでお前の持ち物なんだよ、俺は。いい加減俺を自由にしてくれよ!」


 クビにできるならしてみろよ、専務さん! と叫んで琥珀は出ていった。

 シン……とスタジオ内が静まり返る。

 ん? これは結局何? 

 ぼくちん一人で歩けるもんバブバブってこと?

 ぼくちんを置いて出世するなんてひどいよ、バブバブってこと?

 小さすぎて腹痛いわ。

 部屋にはドアを閉める音と、女の子がシクシクと泣く声が響いている。

 犬飼さんはアシスタントの女の子に謝った。


「貴女が自発的に出来ることではありません。琥珀が無茶をさせました。申し訳ありませんでした」

「っ……犬飼さん、違うんです……違うんです……!! 断れない私もバカだったんです……」

「私は専務ですが、この番組の担当者でもあるのにね。任せっきりで……正直情けないです、気が付けなくて」

「すいませんでした……本当に……私が……私がっ……」


 女の子は泣き崩れる。

 したことは立場を利用したただのレイプだ。

「ふう」と小さく息を吐いて心を落ち着かせた。

 犬飼さんからLINEが入り、私たちは別の会議室に移動した。







「本当に申し訳ありませんでした。作業分には正当な報酬をお支払いします」


 犬飼さんは隼人さんに向かって深く頭を下げる。

 隼人さんは頭を下げた犬飼さんに一歩近づく。


「読むのは好きだし、全く気にしてませんでした。それに勝手に使われてた事……正直俺も気が付きませんでした。晴日さんは俺の演劇も見てて……だから気が付いたんだと思います」

 私はもうドヤ顔で口を開く。

「加工のレベルはかなり高いと思います。まあ……そんなことに使うのはもったいない技術だと思いますが」

「……本当にね……」

 

 犬飼さんはため息をついて頭を抱えた。

 問題は同じように、立場を利用した悪事がどれだけあるか、だろう。

 琥珀は女子高生が何人も出る番組に出演もしている。その控室のことなど……考えたくもない。

 声をあげても「お前から誘った」と言われる話を、無限に聞いたことがある。

 そして声をあげたほうが消されるのだ。相当用意周到に先回りしないと勝てる見込みはない。

 裁判をしても傷は大きいし、商売としてその子をもう一度使うスポンサーなどいないのだ。クソの極みだ。

 

「……甘やかしすぎました。仕事だけは誠実だと思ってたんですけど……。見てたつもりで、何も見て無かった。何より専務になって現場に来る回数も減ってました。情けないです……」


 犬飼さんはうなだれた。

 その表情はげっそりと疲れて見える。犬飼さんは専務なんて仕事をしているけど、基本的に現場のたたき上げで、まだ40才手前くらいだと思う。

 目元を押える左手薬指には指輪が見える。私は目をそらした。

 犬飼さんは、深くため息をついていたが、クッ……と顔をあげて唇を噛んだ。

 その瞬間から、犬飼さんは女の人じゃなくて、あの会議室で私に鋭い質問を投げつけてくる専務の犬飼さんになった。


「……望み通り彼を自由にしてあげましょう。会議……面倒ね。晴日さんの美空社……WEB速報があったわね」

「そうですね、ありますけど」

「会社のメールアドレス、見てみると良いかもしれませんね。」


 そう言って犬飼さんはノートパソコンを取り出して、カタカタと操作を始めた。



 数時間後、私の会社のアドレスに知らないアドレスからファイルが届いた。

 そこには琥珀が女子高生とキスしてる写真が何枚も入っていた。これはかなり遠くのビルから盗撮っぽい。

 そして他には鞄にカメラが仕込まれていたのだろう……琥珀だとはっきり見えるセックス中の写真が大量に入っていた。

「明らかに女がカメラを仕込んでいる写真」だ。アングルが完璧すぎるもん。

 女子高生以外は、最初からあてがわれた女の人だった可能性もある。

 琥珀とエッチした女はすべて良い仕事にありつく……。

 遊んでたつもりが、遊ばれてた……?

 もう私は考えるのをやめた。怖い! これだけ写真があれば問題なし!

 私はそのデータを前にいたゴシップ部署に転送した。

 1分後にデスクと制作と記者が廊下をゴロゴロ転がりながら部屋に入ってきて笑った。

 

「なななななんじゃこりゃああああああ」

「いいの? これいいの? これめっちゃ売れちゃうけどいいの?」

「どーやったのこれ?!?!」

「使っていいの使っていいの、マジで使っていいの?」

「神様仏様晴日様~~~~~」


 よろしくお願いします。私は姿勢を正して言った。

 そして数分後にはWEB速報として琥珀が女子高生とホテルに入っていく写真がUPされた。

 それはすぐに万RTをこえて、来週発売の(というか、ゴシップ部が今から徹夜で作る)雑誌の予約数は今までで最大規模になった。


 それをみたドラゴンは即動いた。

 未成年に手を出していた&女たちとエッチしまくっていた事実は、これから撮影する高校生ものにはふさわしくないと判断。

 琥珀は映画から外されて、代役は雨宮くんになった。

 この前撮ったばかりのネットドラマは幻となり、撮り直しが決まった。

 琥珀は謹慎となり、CMも自粛、ドラゴンは笑顔で琥珀を落として、代わりに雨宮くんを推し始めた。

 世間はあんなに琥珀を推していたのに、あっという間に人気は雨宮くんに移った。

 推されている人の人気がでるのが芸能界だ。



 

「お久しぶりです」

「あら、晴日ちゃん、色々ありがとうね」


 ある日スタジオで犬飼さんに会った。

 犬飼さんは最近よく録音スタジオで会う。

 昔みたいで少し嬉しい。


「……また面白いことに気が付いたら教えてね?」

「任せてください!」


 よく見たら犬飼さんの左手薬指にされていた指輪は消えていて、少し日焼けの後が残っていた。

 そんなのはすぐに消える。

 現場の仕事を増やしたと笑っていた犬飼さんの笑顔は、やっぱりカッコ良かった。


 二人がどういう関係にあったのかなんて知らない、知りたくもない。

 ただアホは消えてほしいし、仕事が出来る人はずっと一緒に仕事がしたい。

 それだけだ。

 

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