第32話 繋がり始めたピース(隼人視点)

「おはようございます」

「よろしくお願いします」


 忙しそうに走り抜けていく沢山のスタッフと、機材を搬入する大きなトラック。

 そして朝の新鮮な空気。 

 こういう場所は久しぶりだ。


 俺は背筋を伸ばした。

 今日は晴日がドラゴンに企画を持ち込んだ3Dライブの本番当日だ。

 朝の7時に現場に入る必要があり、マネージャーが居ない(自分で管理できる)俺は車で普通に来た。

 琥珀さんが出ることもあり、チケットは発売後即完売……人気の高さを知らされた。

 昔はかなり大規模な演劇にも出ていたし、イベントもあった。

 でも復帰してから、これほどの規模の仕事は初めてだ。

 なにより声だけとはいえ、お客さんの前に立つのが久しぶりで少し緊張している。


 最初はナレーションのみの仕事として引き受けた。キャラクターとしての出演、そしてライブという形でお客さんの前に立つことなど想定してなかった。

 でも仕事が増えるにつれて、反応も頂けるようになってきて、少しずつ楽しくなってきたのも本音だ。

 基本的に好きなのだ、人の反応をみて演じることが。

 キャラクターデザインは演者本人に似せるということでデザインを見たが、ブラック執事で両手に短剣を持っていて笑ってしまった。

 俺はドラゴン側にこういう風に認識されているようだ。

 学園の執事という役なのだが、ポジション的にはお悩み相談室のようなキャラクターで、ゲーム内でも攻略できるキャラクターのようだ。


 晴日は「課金額なんて気にしません」とニッコリほほ笑んで、相変わらず動画を集めていた。

 ファンとしての活動と、俺の恋人としての距離はかなり慣れてきていて、仕事のことはあまり家で話さないようになってきた。

 それでも今日のライブはガチでチケットをゲットしたようで「チケット戦争ってやつに初めて参加したんですけど……これは完全に運だし、つらい戦いですね、はじめて知りました」と疲れ果てていた。

 企画の発案者なのだから、裏から入ることは可能だし、俺がチケットを準備することもできるし、むしろ取材でくると思っていた。

 でも全て断り、取材は桜さんが入るようで、先日挨拶にきた。

 俺は完全に変装していたので、気が付いて無かったようだが。

 晴日曰く、


「ただのファンとして楽しみたくて出した企画なので、ワガママを言いました!」


 らしい。ファンとして入るのがワガママなのか。

 とにかく楽しそうで、見ている俺の方も嬉しくなってしまった。

 適度に仕事の感想を言ってくれるのに踏み込みすぎず、それでいて毎日可愛い。

 朝ごはんだけではなく、ゆっくり長く一緒にいたくてそろそろ旅行にでも誘おうかと思っている。

 商売をしていると旅行にいくのは至難の業で、美和子さんに頼むと「あらあら、まあまあ、あらまあまあ」と分かりやすく反応されてしまうのも照れ臭い。

 そもそも飲兵衛で晴日を心配する俺を見てから「この二人良いのでは?」と思って応援してきたと言っていて、なんだか恥ずかしい。

 親に交際を見張られてる高校生のような感覚だ。

 店の奥で暮らしているので、晴日と……と思っても、美和子さんを含めて劇団員が突然来ることも多い。

 全く落ち着かない……前は誰かくるのが楽しみだったのに。

 仕事が増えてきて週に二日フルで入るのが限界になってきているし、新人の劇団員に家を貸して、俺は近くにマンションを借りようかな……とも考えている。

 つまりの所、親御さんにご挨拶も済んだし、晴日とゆっくり過ごしたくなってきたのだ。

 

「隼人くん、おはよう。今日はよろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 楽屋で脚本を読んでいたら犬飼さんが来た。

 とても珍しい。専務に就任してから現場には本当に来なくなった。

 俺が劇団員だったころから優秀なエンジニアさんとして働いていたので、本当に意外だ。

 でもこうして企画も売れているし、経営者側に移動させた上の判断は正しいのかも知れない。





『はじめまして、琥珀だよーー』

「きゃああああああ!!!!」


 会場から割れんばかりの悲鳴が響く。

 ライブが始まった。

 琥珀さんのように顔を出せる人がこのライブに出る必要は無さそうだが、あえて犬飼さんは出したようだ。

 それはこの3Dライブに取材を集めるため。

 事実沢山のテレビ局が取材に入り、特集を組んでいた。


 舞台には何個も3Dballが置いてあり、ライブ前に動いていたのを見たが、舞台から2mも離れると完全にそこに「キャラクターが居た」。

 圧巻だった。俺たちはモーションキャプチャー用の手袋や装置を身体に付けた状態で舞台裏にいる。

 そして目の前のモニターには舞台の表から見た俺たちが写っている。

 右手を上げると、ちゃんとキャラクターの腕が動いた。 

 

 トックランさんに特性を聞いたが、腕を組む、足を組む、指を組む……などはセンサーの関係上厳しいのだと言った。

 ただ大きく早く動く分には最近はかなり対応している……という話だった。

 そして面白いのは、キャラクターは動いているのに裏には誰もいないブースが何か所もある。

 回線さえしっかりしている場所ならば、遠隔操作で出演可能らしい。

 さっきは杖をついていた女性声優さんも居たし、高校生の役をしているのに70代の方もいた。

 Vチューバーを含めたキャラクターは自分のチャンネルでも流している。

 今一番人気の俳優のキャラクターとVチューバーがリアルタイムで動いて会話しているのだから、改めて広く楽しめる企画だと思う。


 

 リアルタイムが面白いということで、Twitterにハッシュタグつきで質問を投げると、俺たちキャラクターが答えるシステムになっている。

 質問を選んでいるのは現場監督と犬飼さんらしく、それぞれのキャラクターに質問がくる。


 司会者が質問を選ぶ。


『琥珀さんのキャラクターだけ、ゲームの中でも琥珀さんなんですね……という質問ですが』

「当たり前じゃん、琥珀だよー? だってゲームの中の琥珀はみんなの琥珀、絶対的にフリーな琥珀なんだから」

「どこまで自信満々なんですか!」

 雨宮は飛竜というキャラクターになっているが、琥珀さんの弟分という設定で、気楽に琥珀さんにツッコミを入れる。

 司会者が口を挟む。

『飛竜さんにも質問がたくさんきてますよ。ゲームの中で年上の女の人が好きって言ってましたけど、具体的には何歳までOKなんですか』

「俺ね、仕事ができる女の人がめっちゃ好きなんですよ。お仕事バリバリしてる女の人は何歳でもキュンキュンしちゃう。それこそスーパーのレジ打ちしてるおばあさんとかでもカゴに詰めるのが上手いとキュンキュンしちゃう。俺は全部つっこむだけだから!」

 それに琥珀さんがつっこむ。

「俺は女の子なら上は100才から下は0才までオッケーだよ」

「え……気持ち悪い、琥珀さん気持ち悪い……」

「おい飛竜。お前あとで校舎裏な。一番前の女性……そうそう髪の毛が紫色に綺麗に染まってる方。俺はそういう自分の個性に自信を持った人が好きだな」

 きゃああああ……! と女性客が盛り上がる。

 その場にいて3Dのキャラクターが動いて褒めてくれるのだ。

 嬉しいに違いない。


『新しく執事として入られたランドさんに質問が来ています』

「はい」

 俺のことだ。

 姿勢を正す。

『ナレーションの声が素晴らしくて驚きました。ひとつランド執事に質問です。出会いがなくて毎日つまらないです。でも人に会いに行く元気も勇気もありません。でも恋はしたい。どうしたらよいですか』

 俺は言葉を探す。

「……人との出会いは、すごく妙なもので、駅前のコンビニや、いつも行っているお店、そして小さな花屋にもあると思います。人に会おうとして会うのではなく、自分の生活を静かに見つめなおしてみるのも、ひとつの出会いだと思いますよ、お嬢さま」

 きゃああああ……! 悲鳴があがる。

 俺のキャラクターは基本的に学園の執事なので、質問されたあとには「お嬢さま」と付ける。

 だからその設定を忠実に守っている。

 俺自身は口が裂けても言えないような言葉を、キャラクターになり演じることで言えるのが劇の魅力だ。

「うあ~~~ランドさんカッコイイ~~ダメだ~~俺のことも名前で呼んでください~~」

 回すのがうまい雨宮こと飛竜のキャラクターが言う。

 これは乗るべきなのだろう。

「……飛竜おぼっちゃま、夏休みのご予定は?」

「あ! ライブあるって聞きましたけど?! 俺出られるのかな」

 きゃあああああ……と更に悲鳴があがる。

 これは最後に発表されるはずだった情報だが、少しくらい早く言っても問題はないだろう。

 奥で犬飼さんも苦笑しながら指をくっつくてOKマークを出していた。


 ライブは大盛況で終わった。

 

 そして俺は素直に思った。

 やはり客の前に立ってリアルタイムで何かをするのは面白い。

 状況を判断しながら言葉を探すと、脳の中でパチン……パチン……とパズルのピースのようにはまっていくのが分かる。

 指先が熱い。演劇をしていた時の興奮を思い出す。

 俺はこの感覚が好きだったんだな……、忘れてた。

 関係者が一堂に集まったので、打ち上げ出席は必須の雰囲気だったので、俺も参加した。

 昔、仕事をしていた人から「復帰したんだ!」と連絡先を貰った。

 忘れられていると思っていたけど、覚えていてくれる人たちは沢山いた。

 俺自身がつらくて、逃げ出して、忘れようとしていただけだ。

 それを思い知らされた。


 車だったので食事だけ頂いて車に戻る。

 ライブ終了から二時間経過していた。さすがに晴日は帰ってだろうか。

 LINEをするとすぐに返ってきた。


『会場近くのカフェで桜ちゃんと記事まとめてます』

『会いたい。一緒に帰れないか』

『!! わかりました』


 俺は会場から少し離れた場所で晴日を拾うことにした。

 顔が見たい、会いたい。







「隼人さん! もうめっちゃ最高でした。執事が、ランドが! 私の目の前で……はわわわわ。質問が読まれなくて~~ライターとして自信喪失ですー」

 晴日は頬を蒸気させて髪の毛をクシャクシャにして興奮していた。

 ……可愛い。

「おいで」

 俺は助手席に座った晴日を抱き寄せた。

 うちの駐車場は狭く、とめるときに運転席側が完全に出入り不能になる。

 助手席側から降りられるように……と選んだベンチシートだったが、恋人を引き寄せるのに使えるとは……買って良かった。

 晴日は「ちょっと興奮しすぎて汗かいてるんで、ひああ……」と逃げ腰だが、何度もいうが気にしないというか、むしろ好きだ。

 そしてキスをしようとして「前髪が邪魔だな」と思った自分に驚いた。

 もう俺は、大丈夫なのかも知れない。

 前髪をどかすように顔を斜めにして、晴日の唇に優しくキスを落とす。

 両頬を包むように引き寄せながら思う。

 帰ってほしくない、会社に行ってほしくない。

 そう口に出そうと思ったら、ラジオから聞きなれた声が流れてきた。


『琥珀のラジオ・インフィニット~~。みんな今日の3Dライブ見てくれた? めっちゃ新鮮じゃなかった? 俺もうめっちゃ楽しかったよー』


 丁度時間だったらしく、つけっぱなしだったラジオから琥珀さんのラジオが流れ始めた。

 抱き寄せていた晴日さんが「はああ~~~~??」と眉間に思いっきり皺を入れて俺から離れる。

「ムードぶち壊し!」

 切ろうと手を伸ばした瞬間、手を止めた。

 琥珀さんの朗読劇が流れ始めたのだ。

 晴日はゆっくりとスピーカーに近づき、考え込むように朗読劇を聞いた。

 数秒間、静かに朗読劇を聞いている。そして……俺をみた。


「隼人さん……、この声、隼人さんじゃないですか? これ読んでるの……隼人さんじゃないですか」

「え……?」

「琥珀じゃない、この声は……絶対隼人さんですよ、音上げてください」

「え……?」


 促されてラジオの音を最大にする。

 この朗読劇……そうだ、読んだ覚えがある。

 でも……声は俺の声じゃない気がする。読んだ記憶はあるのに、自分の声に聞こえない。

 晴日さんは自身満々に言う。


「ここの『……んだ』の言い方。琥珀は『だ』の単音で終わるんですけど、隼人さんは『だ……』で少し空間があるんです。加工されています、加工されてますけど、これは絶対に隼人さんの声です!! ちょっと、これ、今からコイツを殴りに行きましょう。……誰を??」

「ぷはっ……」

 さっきまであんな甘く蕩けた表情で俺を見てたのに、過激な発言に笑ってしまう。

 でもたぶん……犯人は分かっていた。


 音声が加工されているなら、その技術を持った人。

 そして琥珀さんの近くにいる人。

 スタジオでエッチしていた、あの犬飼さんのアシスタントの女の子だろう。


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