第8話

「ささ、十束ちゃん、こっちに来て…個人授業、しようね?」


笑みを浮かべる。

その目は人を襲う目をしていた。

見境が無い様子だ。

しかし彼女の恋慕は全て、繰り返しの呪いを受ける前の十束がした事だ。

彼が無駄に藪を突かなければ、殺される程に愛される事は無かった。


「(無理に拒否してしまえば…)」


喉を鳴らす。

六村景に殺された光景を思い浮かべる。

彼女の触れれば折れてしまいそうな枝の様な手が十束の頬に触れる。


「どしたのかにゃあ…ほら、来て?」


彼女の美貌は、十束切久にとっては恐怖でしかなかった。

その時だった、廊下を走る音が聞こえる。

後ろを振り向くと、奇抜な紫色の髪にニット帽を被る男がやって来た。


「テメェ十束ァ!!」


キレながら十束切久に突っかかる男。

垣根浅市と呼ばれる数少ない生徒の一人だった。

ギザギザした歯が剥き出しにしながら胸倉を掴む。


「先生が困ってんだろうがッ!付き纏うの止めやがれってんだ!!」


「(あぁ、違う、違うんだ浅市。けどそれでいいッ!!)」


胸倉を掴んで十束切久を左右に振り続ける垣根浅市。

ふぅ、と息を吐くと同時に爽やかな笑顔で六村景の方に顔を向けると。


「安心して下さい先生。悪は俺が懲らしめますんで」


そう告げると、六村景は眉を顰めて垣根浅市を睨んでいた。


「ゴミを見る様な目だ!生徒にして良い眼じゃねーっ!」


善行を積んだ筈なのに、明らかに対応が違う様に見えた。


「うるさいにゃあ…」


六村景は溜息を吐いて教科書を掴み直す。


「態度の改善を求む、こちとらPTAが味方だぞオイ!!」


「はいはい、それじゃ、またねー、十束ちゃん」


ヒラヒラと手を振って六村景がその場を後にする。

残された垣根浅市と十束切久。


「畜生、男の敵である十束が優遇されて女子の味方である垣根くんが冷遇されるっておかしいだろ…ッ」


「垣根…」


未だに胸倉を掴む垣根浅市。

手を離すと舌打ちを打つ。


「何が違うんだ、俺とお前が、何処でモテるモテないの差があるんだ…顔かッ!?」


そう叫ぶ垣根浅市に向けて十束切久は思い切り抱き締めた。


「お前が居てくれて良かった…ッ!」


涙を流して垣根浅市の登場を心から喜ばしく思う十束切久。


「いや気持ち悪ィーよ!女じゃなくて男を落とすつもりかお前ッ!?」


無理矢理引き剥がして垣根浅市に満面の笑みを浮かべて言う。


「多分、顔と性格が駄目なんだと思うぞ」


「そして駄目出しかよッ!俺の存在全否定じゃねぇかッ!!それと、なんださっきのハグは、憐みかッ!?勝ち組の余裕か!?富豪が貧乏に分け与える同情かぁ!?畜生、ふざけんじゃねぇえ!」


これ程までに、気持ちの悪い男だが、今の十束切久にとっては安心出来る人間だった。

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死する運命、繰り返しの呪い、幾度の死を乗り越えようとも、最終的にヒロインに殺される。 三流木青二斎無一門 @itisyou

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