第5話

校舎の中に入った所で、十束切久は息を切らしながら汗を拭う。

歩きながら、自身が所属する校舎へと向かう。


「(クソ…雪代が出て来るなんてな…)」


雪代包。

霊力操作に長けた少女だ。

能力よりも霊力操作の方が得意な十束切久と同等の戦闘力を持つ。

そんな彼女にも、ループを起こす前の記憶が残る。

それは彼の脳裏に焼き付かせる様な惨状の記憶だった。


どういった理由かは忘れた。

十束切久と雪代包が殴り合いを決行した。

その戦いは、誰かを守る為の戦いだったが。

十束切久は、雪代包との戦いに敗けを決する。

そして、殴打の繰り返しの果てに意識を奪われる。

次に目を覚ました時、血に濡れた雪代の姿が目に入った。


『お疲れっすセンパイ、結構長く寝てたっすね』


雪代包が何時もの調子は語り掛ける。


『あっれー?センパイ、怖がってるんすか?安心して下さいよ、センパイ、あたしが、センパイの怖いものをぜーんぶ、取り除いてあげるっすから』


恐怖を抱くのは雪代包自体だ。

殴り合いに自信を持っていた彼が打ち負けた。

ボクサーが殴られ過ぎて拳を過敏に恐怖してしまうパンチアイの様に。

雪代包と言う存在が居るだけで、十束切久は恐怖を植え付けられてしまった。

嬉々として喋りながら、ジャージを脱ぐ。


『ついでに、あたしらの道を塞ぐ邪魔者もぶっ殺したっすから』


シャツを脱いで、スポーツ下着になる。

スパッツも脱ぐと、上下が下着姿になった。


『え?誰って、そりゃ決まってるじゃないっすか』


十束切久の質問に彼女は複数の女性の名前を口にする。


『いやー、みんな強かったっす。あたしも怪我を負いましたけど、なんとか勝てたっすよ』


腹部に出来た青痣を見せて、満足気な表情をする。

下着姿のままで、雪代包が十束切久の方へと歩く。

その表情は、幼い表情ではなく、興奮仕切った獣の様な貌を浮かべている。


『センパイの為にと思ったら、あたし、無限に強くなるっすから』


舌先で唇を舐めながら、動けない十束切久の上に跨る。

十束切久の頭部から流れる血を舐めて、顔面を綺麗にしていく。

血を舐るごとに、彼女の吐息は荒くなっていく。

しかし、興奮を冷ますかの様に、ある人物の顔を思い浮かべて、苦々しい表情に変わる。


『まあ、でも…あたしのセンパイの名前を叫んだりするのは、結構ウザかったすけど…』


そして、段々と苛立ち、怒気が迫る表情に変わる。


『特に…あの古臭いタンスみたいな匂いがする…涼川。「私の十束さまを返して」なんて…マジでウゼぇ…強くてかっこいいセンパイが、お前みたいなババアのモノになる筈がないってのによ…あぁ、ウゼぇウゼぇ、…あっ、センパイ。大丈夫っすよ、ちゃーんと殺したっすから』


怒りに身を任せて。

十束切久の首にいつの間にか手を掛けていた。

首を絞めた力を緩める。

空気を吸って、涙を流しながら咳き込む。

目には涙が溜まっていて、少し体が震えていた。

その表情に、雪代包の被虐心が擽らせた。


『なんすかセンパイ、怖いんすか?あたしの事、あたしを見て、怖がってる…その顔、なんだか、癖になりそうっすよ…ねえ、センパイ、もっと、あたしにその顔を見せて下さいよ…』


それが、十束切久の脳裏に刻まれた彼女の姿だった。

今では恐怖は薄れているが、苦手意識だけが残っていた。

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