【魔界遺産】再生神話(3)

 シルヴィとオレットの前に現れたのは亡きゴルダだった。少なくとも二人にとっては遠き昔に弔った相手なわけで、黄泉がえりはイレギュラーな事態といえた。魔界では死者を容易く喚び戻せる。いや、いくつか例外がある。ゴルダのケースは不治の病があるため生き返らせても長くは持たないという理由で、転生を行わない。死んだ相手が勝手に出てきたらそれはもう幽霊みたいなものだ。


「失礼いたしました、ゴルダ様」


 驚いた。それは事実だ。変な声をあげたことはどうか忘れて欲しい。なにとぞ。


 当時シルヴァンスより余程上位の太陽王候補として存在したゴルダ。シルヴァンス付きの乳母であった魔界ナニーのオレットからすれば主人をずっと支えてくれていた目上の存在だ。一方幼なじみの域を出ないシルヴァンスはほとんど対等、もしくは多少甘やかされていた。


「なんで少し大人になっておる……?」


 ゴルダが死んだ時よりほんの若干成長している。


「シルヴァンスは我よりずっと大人になっておるではないか」


 確かに。それはそうだが。こっちは随分長く生きているというのもなんかアレだ。本人に死んだ記憶がないならどう説明するのがいいのか。


「この魔界世界が焦土と化した今、我らがすべきことは一つだ」

「はい。ゴルダ様がいらっしゃればそれだけでもう心強いです」


 お世辞ではない。心底本音だ。オレットは太陽魔界復興の最短ルートを獲た安心感でいっぱいだ。何せシルヴァンスではおそらく太陽魔界は興せない。


 ゴルダの元に到着するシャイン、ヴァイン、ジーク。まだ距離があったのでシルヴァンスたちは気付いていなかった。ゴルダはさっき会ったモブの他に、さっきはいなかったシャインを見た。自分がよく知る幼少時代のシルヴァンスだった。しかしシルヴァンスはすぐ目の前にいる。二人のうちどちらかがニセモノだとするなら。オレットといる方が当然本物、ならば幼女が偽物──シルヴィがとめる間もなく容赦ない一撃が放たれた。


 太陽の覇権争いを生き抜く猛者は判断が即決なのだ。躊躇など死を招くだけだ。いつだって刺客がそこにいるくらいの覚悟でいたのだ、当然疑わしきは滅す。


 かつて。太陽魔界に乗り込んできた不届きな魔界勇者がシルヴィの首を狙った。しかしその凶悪な爪に切り裂かれたのはダークだった。そうして魔王は勇者に太陽最大奥義を放った。あの時と同じ攻撃のはずだった。あまりに眩い光が圧潰す、ただし威力は比でない。


 オレットがシルヴィを庇い、吹き飛ばされまいと踏ん張る二人が漸く目を開けた先に煙と湯気が揺蕩う。


「なんじゃ突然……敵でも──」


 かつてシルヴィが魔界勇者に放った十倍もの威力。あれでは骨も残らない。


「……ほう?」


 ところがそこには人影があった。人の形を保っている。辛うじて息があるが満身創痍のジークが最初に見えた。


「これを喰らって生きているとは大したものだ……しかもソチの身体、自動治癒するのか」


 ブスブスと音を立てて燃える火傷と怪我が同時に再生もする。時間をかければダメージはそこそこなくなるだろう。しかしそんなジークとはわけが違う、少年であったヴァインの躰など蒸発して消えたかと思われたが。


 ゴルダの後ろでシルヴィがヒュンと肺を詰まらせた。そこに居たのは魔界勇者ブラッド。かつての敵。この命を狙い、一度はダークを殺した宿敵。でもブラッドはこの手で倒した。ゴルダが生き返るくらいだからブラッドも生き返ったのか。いや、ブラッドは、ダークの弟子としてヴァインレッドの名で転生し償いの旅に出たのではなかったか。記憶が混乱する。敵か味方か、知る限りあの姿は敵だし、ダークが一緒にいないし、もう一人の男ジークは誰だか知らないし、ゴルダが攻撃をしたし、敵か、敵なのか、ダークは?


 残酷なことに、さらに衝撃を受けた。ブラッドの腕の中に小さな少女がいる。見間違うはずがない。


「シャイン……!?」


 敵かもしれないブラッドは多少の火傷はあるがジークほど直撃を受けていない。その腕の中に愛娘がいる。発狂しそうだ。ブラッドを倒し、シャインを取り戻そうにも距離が遠い。絶望の刹那。


 疾風が走った。


「オレとヴァインには何したっていい。だがシャインとシルヴィを脅かす奴は絶対に許さない」


 怒りのダーク合流。既にシャインをかっさらい、熱の届かない場所に隔離した。神速。ダークだけが持つその速さはいかなる攻撃より先回りする。あの日シルヴィを庇ってブラッドの爪に飛び込んだ同じ速さで、今度はシャインを救ってくれた。


 ブラッドが辺りを冷却しジークの火を消す。鎮火の頃合に漸くル・シリウスたちも遅れて到着した。


「さすがの俺も今回ばかりは死んだかと思ったわ」

「なんで生きてんの? キモイんですけど」

「ああんジークちゃんの健闘する名シーン見逃しちゃったわん」

「俺よりあっちだろ」

「ちっさいヴァインがおっきくなってるじゃん。魔界勇者の再来?」



「何度でも。太陽の裁きは甘んじて受けよう。しかし太陽王ソレイユ、美しき白銀の太陽よ。君の審判はどうだろう」


 未だ状況が一切読み切れていないシルヴィの前で、魔界勇者が悠然と語る。審判。裁き。いつだってこうだ。自分だけ置いてきぼりで泣きそうなのに決断を迫られる。今北産業で誰か解説してほしい。ダークが何か知っているのではと視線を送ると、なんとシャインがダークの手を離れあろうことかブラッドに飛びついた。めっちゃ懐いとる。ダークも平然としていたので、漸くブラッドが敵ではないのだと認識できた。


 怯えも迷いもない颯爽とした足取りで太陽王の前に歩み出た魔界勇者は、抱えていた姫君を王へ手渡す。


「君は守るべきものを守れる、救うべきものを救える、そうした奇跡を手に入れただろ」


「勇者ムーブすごいね。まるで自信家のように見えるもんね。実際心の中はどうなってんだろうね」

「おい黙っとけクソガキ、今だけお口をチャックしてろマジで」


 回復が未だ追いつかず身動きの利かないジークがル・シリウスに懇願した。さっきまでのコドモヴァインがびーびー喚いてた名残でビビり散らかす様がリアルに脳内再生されてしまう。不憫。


「ゴルダよ」


 シャインを大事そうに抱きしめてシルヴィがゴルダを見据えた。


「シャインは余の愛する娘である。けっして傷付けてはならん」


 ゴルダはゴルダで情報の上書きがスムーズに出来ずフリーズ気味だ。しかし数秒長考し顎に指をあてた。


「太陽王。シルヴァンスが太陽王であるとするなら。我は当の昔に死んでいるのだな」

「ゴルダ様。貴方様の病を治すための薬をシルヴァンスがつくっております。理論上は完成していましたが……太陽魔界が消失しているため」

「おねがいよ王様。力を貸してちょうだい」


 オレットとディープが畳み掛ける。


「ふむ。何れにせよ太陽魔界は再建するが。時にシルヴァンス」


 視線を向けられシルヴィがにわかに緊張する。


「先は幼い命を危険に晒してしまい悪かった。全面的に詫びよう。我が一撃に挑むとはなかなか良い騎士を持ったな」

「んー。ん〜。うん~?」

「なんだ歯切れの悪い」


 太陽の守護者として良い騎士を持つことは太陽王の大事な仕事のひとつだが。


 ゴルダの攻撃からシャインを守ったのはヴァインとジークだ。だが二人とも別に太陽騎士ではないし、それどころかジークに至ってはどこの誰かも知らない完全にハジメマシテな相手だ。


「ジークとヴァインは特別にシャインの騎士にしてあげてもいいの」

「あー、じゃなんかもうメンドイからそういうことで」


 なるんかい。今もギリギリ生きてる感満載なのに、どうでもいいことみたいに姫様付きの太陽騎士になることをあっさり快諾してしまった。もしかしてジークは太陽騎士の意味をわかってないのかもしれない。ル・シリウスは脳内ツッコミの嵐を無表情でやり過ごした。


「……彼はそれでもいいかもしれないが。僕は多分君の騎士には相応しくはないよお姫様」

「パパ! ヴァインが僕って言った!!」


 ヴァインの一人称に驚いた弾みでシャインがパパを呼んでしまった。


 そう、魔界勇者時代は俺って言ってなかった。この場合どっちが厨二病かわからないけどもうやめて差し上げろ。ヴァインが可哀想だし、今ゴルダがピークでこっちロックオンしてきた。ああもうはたしてこのタイミングが正しいかわからんがオレこそがパパだしシルヴィの伴侶だよコノヤロウ。


 ダークがゴルダの視線に真っ向から立ち向かった。さっきの攻撃来たら、一回くらいならかわせるか。狙いがオレ一人なら三回まではかわせるんじゃないか。などなど。背中からエグい量の汗が吹き出す。


「シルヴィの騎士はオレだ。二人には劣るが何なら今ここで器量を測ってくれてもいいんだぜ」


 かかってこいよ。簡単にはやられるつもりはない。


「うわ。明らかに分が悪い。のに全力で挑んじゃうこれがダークんクオリティ。弟子に馬鹿師匠と云われる所以でもあります」

「悪ぃけど今サポートできねーから」


 一人で挑まなきゃ意味ねえだろ。


「我も愚行を繰り返すつもりはない。ここにいる全員がソチの身を案じている。あいにく悪役ではないので今ここでソチをいたぶるのは得策ではない」


 シルヴァンスに嫌われてしまうからな、とゴルダは呟く。


「それに。ソチの速さが評価にあたいするのはもう確認した」




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