華麗な魔王と孤高の少年︰ 01


「オレは強くなりたいんだ」


 少年は荒んだ目で虚空を見上げていた。これまでも散々モブに野次られ、駄目出し説教etc.嘲笑混じりの誰が何を言おうがクソどうでもいいという構えの図太いメンタルが見て取れた。


「既にじゅうぶん強いじゃん」


 冷やかしからではない。メンタルの話だ。褒められたはずの少年はしかし鼻で笑った。


「どこに行ってもガキは門前払いだ」

「それは仕方ない。君の強さに世界が釣り合ってないんだよ」


「……どういうことだ?」


 少年は初めてこちらを振り返った。ピンと尖ったケモ耳がピクピクしている。聞き漏らすまいと必死か。純粋ってこういうことだよなあ。ル・シリウスは昔の自分を見るようで懐かしくなった。


「魔界ではめずらしいオオカミコドモ、大人は皆煙たがる。量産型なら適齢期の姿で出荷される。未熟な幼体はすなわち肉親がいる証明、特に狼は群れで生きる仲間意識が高い生き物だ。だけど君は親がいない。ひとりで生きていける強さをすでに有している。そりゃあ一般人はドン引きするよ」

「お前もコドモじゃないのかよ」

「アタシはこの姿で適齢期。盗賊業なんてのは小柄ですばしっこい方が有利、あとは知恵と技でどうとでもなる」


 小娘だなんて侮ってると痛い目をみるよ。知識も経験も浅いオオカミコドモは事の重大さなんてわからず、興味なさげにふーんと相槌した。


「でももっと強くならないと、アイツを倒せない」

「だったらなおさら、モブの溜まり場の戦士ギルドなんかじゃ話にならない」


 それもそうか。さっきまで門前払いに腹を立てていた自分が急に馬鹿らしくなった少年は、小さな大盗賊を再び見た。


「それで?」


「ここで会ったのも何かの縁。せっかくだからアタシがとびきりのルートを開いてあげよう。同じ狼のよしみで」

「お前のどこに狼の要素があるんだよ」


「アタシは天狼、ル・シリウス。ちゃんと覚えておいて。運命の歯車が噛み合い動き出す音を」

「彷徨える魂に道を示す光と」

「残酷な絶望にも曇らぬ剣を掲げて」


 共鳴。


「君の行く先は太陽魔界だ。そこでこそ君は最大限にいきる」



 ■ 華麗な魔王と孤高の少年:01 



 太陽魔界は数ある魔界の中でも特異な場所だ。魔界なんてどこも頭オカシイ奴らがわんさかいて、いつも何か事件があって、ハチャメチャなのが当たり前だとして。ここはなんだか空気が違う。やけに静かだが、荒廃とか閑散とかそういうことではなく、まるで。


「ちゃんとした秩序があるよね。。アタシはわりとここが好きだよ」

「ちつじょ……聞いたこともない言葉だな」


「厳格っていうのも神聖っていうのもちょっと違うんだよなー。言うなれば『なんかまとも』」


「アバウトだな。堅苦しいのは嫌いだから助かるけどさ」

「ソレイユがそーゆー感じなんだよね」


「それいゆ……」

「そ。ここ太陽魔界の統治者、太陽王ソレイユ。大物だからきっと君のこと追い返したりはしないよ」


 だといいけどな。少年はあまり期待はしていないようで冷めた様子だ。


「なんかあんま人がいないな」

「太陽魔界には一般住人がいないんだよ。太陽王ソレイユの部下しかいない」

「だから落ち着いて静かなのか」

「民度の低い国民は存在すらしてない」


 それは同時に余所者が入りにくいという環境でもある。太陽王の許可なく住み着くことは不可能だ。


 やがて壮大な門が二人を出迎えた。魔王の城の入口だから当たり前だが、立派すぎて威圧で若干吐きそうな少年にル・シリウスは笑った。


「魔力がまだ足りないからしんどいかも? 引き返そうか」

「いや。ぶちまけるにしても魔王の顔くらい拝んでからにする」

「メンタル」


「何者だ。本日謁見者の予定などないが」


 門番が二人を睨みつけてきたが、ル・シリウスはひらひらと手を振った。


「やほやほ、おなじみのル・シリウスちゃんがソレイユに会いに来たよー。予約はないけど紹介したいオトコノコがいるんだ。ダメかな? 今日のソレイユのご機嫌はいかが~」


 こんなふざけた挨拶で中に入れてもらえるかよ。少年は大人しくスンとした表情で待機。意外にも門番は「しばし待たれよ」と伝令を出した。


「お前、太陽王と親しいの?」

「もちのろーん。マブダチだよ☆」


 嘘くせえ。少年の呟きにル・シリウスはケラケラ笑う。相手を疑うことも大事だ。


「ル・シリウス。あなたは魔王様のマブでもダチでもありません。仕事上の契約があるので無下にはしませんが、あまり調子に乗って不敬をはたらくようでしたら、こちらも黙っていませんよ」

「もー。オレットちゃんたらイケズ。そこがオレットちゃんのいいところでもあるんだけどさ」


 太陽王の部下にブチ切れされてんじゃん。お前のメンタルも大概だろ。少年はスンとした表情で大人しく案内されるままに進んだ。


 一歩進む度に吐き気が来るので、黙ってるしかなかったのだが。


「これは可愛い客人だな」


 突如絶世の美女が現れたのでうっかり気絶しかけた。


(数秒──意識が飛んだ!?)


「そう睨むな、」


 美女はそう微笑んでから辺りをゆっくり見回した。


「お前たちも。こんな子らをいつまで威嚇するつもりだ。もう下がれ」


 誰に言ってるのか。誰か周りにいるのか。よく分からないが次第に呼吸が楽になった。


「すまない。ここまで辛い思いをさせたな」


 冷たい白い手が頬を撫でる。イヤな汗が退いていった。


「アンタは」

「余は太陽王ソレイユ。余に会いに来たのであろう?」


 間近で見るソレイユは眩しくていい匂いがした。


「名は?」

「オレはダーク・レッド」


「ふむ。ダークよ。そちをモフりたいのだが良いか?」


 ???


 良いも悪いも返答する前にむぎゅっとハグられ頬擦りされ少年は目を白黒させた。


「モフモフで良いのう。最高の癒しじゃ」

「魔王様」

「あとでオレットにも貸すからちょっと待つのじゃ」

「そうではありません。太陽王ともあろうお方が、威厳が、貫禄が」

「今はブレイクタイムじゃ。のうダークよ。そちはおねショタなどどう思う? 余は大歓迎じゃ」


「おね……何?」

「うんうん、よいぞ。そちは余の花婿になるがよい」

「は?」


「魔王様!」


「もう決めた。花婿はダークに決定じゃ」

「わあオメデトー。貴重な瞬間に立ち会えちゃったー」


「待っ」

「魔王様!!」


 やっぱりどこの魔界にも秩序なんてない。頭オカシイ奴が闊歩するだけだ。



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