第8話 何でも知ってるよ
さくらは、ヒノキと少し間隔を空けて歩いた。歩いている道は、さっきからずっと同じ。木々に囲まれた並木道のようだ。彼はカーキのダボっとしたモッズコートをきている。時折、その茶色の髪が揺れたかと思うと、こちらを振り返った私を見る。そして、何とも嬉しそうに笑う。
「あの、ガラッパ荘のカッパさんとは知り合いなの?」
恐る恐るさくらは口を開いた。知り合いというのが正しい言葉かはよく分からない。何故ならあのカッパさんは、さくらにとってはただの陶器の置物だったからだ。夢に出てきたときは動いていたけれど、それはただの夢だ。
「んーあいつとはよく遊ぶよー。あいつ、あんたを連れて来いって言われてたのに、自分家のいい景色見せたくなって忘れてたとか言うんだもん。だから、わざわざ俺が来なくちゃならなくなっちゃったんだぜ。」
本当迷惑な奴ーと、彼は文句を言ってめんどくさそうな顔をする。見た目は青年のようだが、その表情の中には少年っぽさが見え隠れした。彼は、あ、着いた。と言って、こちらを振り返る。どーだとでも言いたげな顔をしている。
突然目の前から風が吹き、目を閉じて開けてみるとそこには湖がひらけていた。
そう、ここは今日のプランに入れていたはずの曽木発電所遺構だった。
湖には何もない。夏には古代を思わせる建造物が湖の中に聳え立っているけれど、冬はあの建物を見ることは出来ないのだ。
ヒノキは湖の近くまで歩いて、しゃがんで、得意げな顔でさくらを見た。
「来たかったかと、思ったりして。」
腕の中に半分顔を埋めてこちらを伺っている。
「何で知ってるの。」
ヒノキの様子が可愛くて、無邪気で、ちょっとズルいぞ、とさくらは思った。
そしてヒノキは、また嬉しそうに笑う。
顔をくしゃくしゃにして、子供みたいだ。
「俺は何でも知ってるよ。さくらのことなら。」
胸が何だかギュッとした。
変な安心感と、不思議な感覚が入り混じって切なくなる。
ヒノキって、一体何なんだろう。
カッパの仲間なんだろうか。
さくらはそんなことを考えながら湖に近づいて、ヒノキの隣に座った。
「綺麗だね。」
さくらの声が寂しそうに水面に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます