第21話⁂大蔵の母!⁂


ある日の事、この日もリンダに会いに来たついでに✰三光百貨店に寄った雅彦。

その理由は、カーペンタ-ズの無名時代のレア物レコ-ドや、新しいアルバムレコ-ドが欲しかったからだ。


やはり流行の最先端を突っ走っている東京には、レコ-ドも真っ先に入荷されているので、ましてや日本一の✰三光百貨店本店には目新しいレコ-ドの宝庫なのだ。


エレベーターに駆け込もうとしたその時、例の美人のエレベーターガール彩に、またしても会うことが出来た雅彦は、嬉しさと緊張でぎこちない笑顔を向けた。


すると、彩も彩で雅彦のクールでシャイな一面しか見た事がなかったのに、反面この様に少年のような笑顔を放つ二面性に、ビックリしたのと同時に、余りの急な………夢にまで見た訪問者の登場に硬直してしまい、厳しく仕込まれているビジネススマイルが出来なくてアタフタ。

笑顔を作ろうとすればするほど顔が硬直して、ぎこちないウインクまがいの顔になってしまったのだ。


片や雅彦の方はと言うと、お客様が少なかったのもあるが、ウインクを送ってくれた気がした雅彦は、リンダを愛していながら、初めてリンダ以上にトキメクこの胸の高鳴り。


降りるまでの間に、またあのウインクに会いたいと強く思う雅彦、そして又しても几帳面な母が、ハンカチにローマ字で名前をお洒落に刺繍してくれたのを、ワザと落としたのだ。



こうしてリンダという彼女が有りながら、彩との友達付き合いも始まってしまった。


雅彦は華やかな、フランス人形のようなリンダを愛していながら、あまりにも対極にある、楚々とした和風美人の彩にも魅了されて行く。


何故、あんなに愛し合っていた雅彦とリンダの間に、この様な隙間風が出来てしまったのか?


それは彩の存在は全く関係無く、あの大蔵とリンダのディープキスが原因しているのだ。

「そう言えば、俺は最初からリンダとオヤジと三人で会ったあの日から、父大蔵のリンダに投げ掛けらる眼差しが、尋常なものではない事を感付いていたのだ………あの厳しくも優しい父は、俺の将来の目標でもあり道しるべでもあった……家族団らんの中で放たれる、あの家族を思う陽だまりのような温かい父の眼差しに、俺はどれだけ救われていた事か………?学校で些細な事で虐められたり仲間弾きにされて、泣いて帰って来た事が有ったが………普通は父親に怒られるので、こんな不甲斐ない事は言わない男の子が殆どなのだが、俺は父にどんなカッコ悪い事もさらけ出す事が出来た………それはひとえに、こんな気の弱い俺にでも、父は優しく諭してくれたからなのだ『な~にを言っているんだい、人間は皆誰しも長所と短所が有り、一長一短有る。雅彦は気は小さいが、虫一匹可哀想だからと言って殺せない、繊細で優しい子供じゃ~ないか、その優しさと後は強さが備われば鬼に金棒!』そう言ってこんな小心者の俺を勇気づけてくれた………だから俺は、父に勇気づけられ柔道と剣道に励み小学校高学年から高校卒業まで、佐々木雅彦ここにありの、輝かしい剣道の道を歩み続けることが出来た。あんなに小さくて弱虫だった俺が、愛知県高体連(愛知県高等学校体育連盟)剣道でも恐れられる達人になれたのも、ひとえに父大蔵の優しさと、こんな弱虫の劣等感の塊だった俺を、助け導いてくれた度量の深さに尽きるのだ………。末っ子という事も有り、こんな不出来な気の弱い、繊細で傷付き安い俺を『男のくせに女々しい!』と言って攻めるでもなく、それはまるで宝物でも取り扱うように、それはそれは大切に包み込み、抱きしめてくれたものだ。又それだけでは飽き足らず……俺を虐めた悪ガキの成敗に、あんなにも忙しい父が、仕事も放ったらかし、息子を思う余りに奔走したものだ。父の大蔵は俺にとっては、まさに子供の頃よく見た、正義の味方ウルトラマンそのものだったんだ………!そんな俺の憧れのヒ-ロ-でもあり、将来の目標でもあり道しるべでもあった、あの父が何で?何で………?強姦まがいな事を……?それからリンダも俺と言う者がありながら、何故色んな男達と出歩く事が出来るんだ。ふしだらな~!父大蔵との一件でリンダお前が、父だけでなく色んな男達と仕事のお付き合いで、出歩いている事が分かった時は俺はゾ~ッとしたよ………それから……何故父大蔵と二人きりで会ったんだ………?アァ~おぞましい事だ!汚らわしい………!それからあんな模範生のオヤジが、そんな男の本能をむき出しにするなど夢にも思わなかった・・・・・それから……それから……あの父の過去の家族の肖像写真はどれも本来の優しい父の顔とは程遠い………何かしら、強張った、謎めいた、恨めしそうな顔ばかりなのだが……?」


実は大蔵の母親八重は本妻が病で亡くなった為に、父親清の後添いとして、資産家の大地主、佐々木家に嫁いで来た芸者上がりの女。


嫁いできたと言っても「もし八重と結婚できない位なら八重と一緒にこんな家、捨ててやる!」と脅かすので致し方なく結婚させたのだ。

(清と八重は、雅彦にすれば祖父母、章にすれば曾祖父母)


当然の事ながら、両親は大反対。

特に清の母松は、華族のお家柄、伯爵家のお嬢様だった人物なのだ。

華族は一八八四年、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった五爵という区別が導入された。


プライドの高い松は、芸者上がりの八重をまるで卑しい犬畜生ぐらいにしか、思えないのだ。


まあ~酷い話だが、それはプライドの高い乳母日傘の松には、至極当然と言えばそれまでだが、あまりにも酷い話だ。


だが、一九四五年八月十五日第二次世界大戦終結、一九四七年に華族制度廃止の悲惨な末路が待っている。


日本の頂点に君臨するお家柄の、気位の高い松にして見れば大切な我が息子を、芸者上がりの女なんぞにくれてやる等、想像も出来なかった事。


亡くなった前妻も代々お寺を切り盛りする、お寺の住職のお嬢様。

そこに来て八重ときたら、農村の貧しい家に育った挙句、お金のかたに子供の頃に芸者置屋に売り飛ばされた根っからの水商売女。


何とか理由を付けて追い出したいばかりの松は、初孫の誕生に見向きもしないばかりか、家柄の悪い八重と孫の大蔵を今尚、受け入れることが出来ないのだ。


こんな事も有り、八重は何とか姑の松に認めてもらいたいばかりに、息子の大蔵を厳しいだけではなく、行動も厳しく制限した。


小学四年生の十歳の誕生日の事である。

女の子四~五人が、大蔵の誕生日に誕生日プレゼントを渡しに来てくれたのだが………。


早速、姑の松から言われた一言。

「やっぱり八重、お前さんの血を引いて発展家だ事オッホッホッホ~」


またある時は、「成績が悪い!お父さんも東京大学卒業しているし、私の血筋も成績優秀だったのに、フン八重お前が芸者上がりの男をたぶらかすしか脳の無い、卑しい女だからだ。全く~!」


「料理が不味い!」


「手が遅い!」


事あるごとに嫁虐めを繰り返す松。

人知れず泣いている母八重。


息子の大蔵は、母八重が身分違いな結婚をして、姑にいびられて泣いている姿を嫌と言うほど見せ付けられて育ったのだ。


その中でも取り分けきつい虐めが、「芸者上がりの、男をたぶらかす事しか脳の無い淫乱女!」と言う言葉が耳から離れない大蔵。


チョット若い男のお客様に笑顔を向けただけでも「芸者上がりの、男をたぶらかす事しか脳の無い淫乱女!」


要するに自分とかけ離れた、受け入れがたい経歴を、どうしても許すことが出来なくて、やる事なす事、箸の上げ下ろしまでが気に食わなくて仕方ないのだ。


大蔵は{自分が清廉潔白、律していないと、また母が淫乱女と言われる!}


そう思い友達が女遊びに誘っても見向きもしないで童貞を貫き通し、二十七歳で好きでも無い不動産関係の良家のお嬢様と結婚したのだ。


{自分の夢、恋愛、行動全てを我慢してでも、愛する母八重につべこべ言わせない為には、自分さえ我慢すれば良いんだ!}全て自分の感情を押し殺し成長した大蔵なのである。


そんな全てを我慢して育った欲望が、あのリンダ強姦に繋がったのか?



⁂華族制度 

【五爵とは、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵のこと。

3番目にあたるのが伯爵。


伯爵に任命された家系は、以下の6パターン。

①皇族(伏見宮家、久邇宮家など)

②公家(飛鳥井家、正親町家、三条西家など)

③武家(徳川御三卿、井伊家、上杉家など)

④僧侶(東本願寺大谷家、西本願寺大谷家)

⑤新華族(黒田清隆、山田顕義、後藤象二郎など)

⑥朝鮮貴族(李址鎔、宋秉畯など)】


【華族制度廃止

1947年(昭和22年)5月3日、法の下の平等、貴族制度の禁止、栄典への特権付与否定(第14条)を定めた日本国憲法の施行により、華族制度は廃止された。】


【華族制度廃止優遇処置が廃止され、資産に対し膨大な課税が課せられ、税金が払えない華族はお屋敷も土地も安い値段で手放すしかなかった。

残った預金は没収、更に、莫大な預金があっても,ごくわずかしか新しい紙幣に変換出来なかったので貧乏のどん底に突き落とされる華族も多々いた。

また広大な農地を所有していた華族もいたが,農地改革で農地は小作人に奪われた。

占領軍(GHQ)により身ぐるみ剥がされて、お屋敷を追い出され路頭に迷う華族は大勢いた。

仕方なく生活の為に,先祖伝来の貴重な骨董品を二束三文で売って生活の足しにしていた。

商売やサラリーマン、農作業の経験の無い彼らは何をしても、庶民以上の生活ができない場合が多かった】



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