ルナちゃんの事情
「え、お母さんが病気!?」
思わぬことを耳にしてしまった僕は、すっとんきょうな声をあげてしまう。
「わっ!? 急に大きな声を出さないでください!」
「あ、ごめん」
軽く謝ると、ルナちゃんは重たい口を開いて事情を話してくれた。
「実はですね、ルナのお母さん風邪を引いてしまったんです。お医者さんに診てもらったんですけどフカミ草を切らしていてお薬が作れないって……」
「それでフカミ草を探しに来たんだね。でも独りで危なくない? さっきもオーク?に襲われてたし」
「それもそうですね……。だけど大好きなお母さんが苦しそうにしてるのを見たら我慢できなくって……!」
僕の後ろで話していたルナちゃんは、途中からスカートの裾をぎゅっと握って涙ぐんでしまう。
「やっぱりルナちゃんは優しいんだね」
「え、そう、なんですか……?」
「うん。僕だったらルナちゃんみたいなこと怖くてできなかったと思う。だからルナちゃんはすごく勇敢で優しい女の子だと僕は思うなあ」
「ユウキくん……、ありがとう……ございます。ルナ、そんなこと言われたの初めて、です……」
涙を指で拭いながら感謝するルナちゃんの微笑みに、僕は思わずドキッとしてしまった。
初めて見たときから思ってたけど、やっぱりルナちゃんってすごく可愛いよね。
そんなことを思っていたら、はなちゃんが泥だらけの鼻を僕に押しつけてきた。
「ちょっと~、その鼻でグリグリされたら僕まで泥んこになっちゃうよ~」
「くすっ、……あははっ」
僕とはなちゃんのコントみたいなやり取りに、ルナちゃんは吹き出してしまったみたい。
「それじゃあルナちゃんのおうちに急ごう!」
「え、ルナのおうちに連れていってくれるんですか?」
「もちろんだよ! はなちゃんの足があれば多分すぐだよすぐ!」
「そこまでしていただけるなんて……ルナ、何をお返しすれば……!?」
なぜかそわそわするルナちゃんに、僕はこう言ってあげた。
「気にしないでよルナちゃん。困ったときはお互い様でしょ?」
「ユウキくん……。本当にありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべたルナちゃんに、僕はもう目が釘付けになってしまう。
こんな可愛い女の子を放っておけるわけがないじゃないか! ……下心なんてこれっぽっちもないよ?
「ブロロロロロ……」
「え、どうしたのはなちゃん? なんでそんな不機嫌そうなの……? ――それはともかく、ルナちゃんのおうちに向かってしゅっぱーつ!」
誤魔化すように僕が一声あげたけど、はなちゃんは沼に脚を踏み入れたまま動こうとしない。
そればかりか困ったような目を向けているように、僕は感じた。
「あ、そっか。僕たちルナちゃんのおうちの場所を知らないんだった」
「それじゃあルナが案内しますね」
「助かるよルナちゃん」
こうして僕たちはルナちゃんの案内で、はなちゃんに揺られながら彼女のおうちに向かうことに。
……どうしよう、何話せばいいか分かんないよ。
考えてみたら学校でもこうして女の子と二人きりになるなんて、今までなかったからな……。
はなちゃんの背中で黙り込んでいたら、ルナちゃんが控えめに声をかけてくる。
「あの……やっぱりルナ、ユウキくんに気を遣わせちゃってますか……?」
「え? ううん、そんなことないよ。気にしないでルナちゃん」
「そうですか? さっきから急に黙ってしまって、もしかしたらルナが何か気に障ることをしてしまったのかと思いまして……」
「違うって。……ただ何を話せばいいか分からなかっただけだよ。ルナちゃんみたいな可愛い女の子と二人きりになるのが初めてだったから……」
僕がそう伝えると、ルナちゃんは真っ白な頬をポッと赤く染めた。
「可愛い……ルナが、ですか?」
「う、うん」
あれ、どうしよう。何気なく言った言葉なのに、なんだか急に恥ずかしくなってきちゃった!
結局お互い沈黙してしまったまま、気がつくと踏み均された森の道に出ていた。
「この道をたどれば、ルナのおうちまですぐですっ」
「そうなんだ。あとちょっとだって、はなちゃん」
「パオ」
それからはなちゃんを歩かせてると、すぐに身軽そうな格好で長い弓のようなものを背負った若い女の人を発見した。
「あーっ! お姉ちゃん!」
「あの人ルナちゃんのお姉さんなの!?」
確かに肩辺りで切り揃えられた髪も同じ金髪だし、よく見たら目の色も同じだから姉妹ってのも納得だよ。
そんなお姉さんもルナちゃんにに気づいたのか、手を振ってきた。
「もしかしてルナなの~!?」
「お姉ちゃ~ん!」
「はなちゃん、あのお姉さんのところで僕たちを降ろして」
「プオ」
僕の指示に応じたはなちゃんは、ルナちゃんのお姉さんに歩み寄ったところでしゃがむ。
そうしてから僕たちもはなちゃんの背中から降りた。
「ルナ~!」
ルナちゃんの姿を見るなり、お姉さんは彼女を抱き上げる。
「もーっ、独りでどっか行っちゃうから心配したんだよ~!?」
「ごめんなさい……。でもねお姉ちゃん、これ!」
ルナちゃんがさっきのフカミ草を見せると、お姉さんは目を丸くした。
「これフカミ草じゃん! ルナが見つけてきたの~!?」
「ううん。この人とゾウさんが見つけてくれたんです」
ルナちゃんが紹介するなり、お姉さんは僕をむぎゅっと抱きしめる。
「ありがとうキミ! 妹のために野草を見つけてくれるなんて感謝感謝だよ~!」
「わぷっ!? ど、どういたしましてです……」
うわあ、抱きついたお姉さんのおっぱいが当たってるよ……!
革の胸当てをつけてるからパッと見よく分からなかったけど、この人結構デカい!
「ブロロロロロ……」
「え、何その目怖い」
険悪な目をするはなちゃんに背筋が冷えたところで、僕を解放したお姉さんが自己紹介を始めた。
「自己紹介がまだだったね。私はセレナ、ルナのお姉ちゃんだよっ。キミたちは?」
「僕は悠希、こっちはゾウのはなちゃんです」
「パオ」
僕たちも自己紹介すると、セレナさんが今度ははなちゃんに詰め寄る。
「へー! ゾウなんて動物、初めて聞くしもちろん見るのも初めてだよ! それにしても大きいんだね~!」
よしよし、と優しく諭すセレナさんに顔をなでられて、はなちゃんも嬉しそう。
「あれ、セレナさんははなちゃんが怖くないんですか?」
「ううん、全然。だって妹を助けてくれたんでしょ? それに、この子からは怖い感じは全然しないよ。ね?」
「プオ」
一目見ただけではなちゃんの優しさが分かるなんて、このお姉さんタダ者じゃない……?
「おっと、こうしてる場合じゃなかったっ。フカミ草があるんなら、早く家に戻ろ! お母さんが待ってるよ!」
「はい、お姉ちゃん!」
「それじゃあはなちゃんの背中に乗ってください。歩くよりも速いと思いますよ」
「ありがと、ゆー君っ。それじゃあお言葉に甘えて、っと」
こっちにウインクをするなり、セレナさんはなんと僕たちよりも背丈が高いはなちゃんの背中にひょいっと飛び乗った。
「え、その状態でも飛び乗れるんですか!?」
「ほらほら、早く~」
セレナさんに促されてはなちゃんの背中に乗った僕たちは、改めてルナちゃんのおうちに急ぐことにした。
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