ルナちゃんのおうち

 森の道をしばらく進むと、僕たちは広大な平原に出た。


「わ~、広ーーい!!」


 見渡す限りのどこまでも広がる草原に、僕は感動してしまう。


 清々しい風でそよそよと揺れる草に、チョウチョもヒラヒラと舞うように飛んでいる。


 今までビルみたいなコンクリートの建物に囲まれた風景しか見たことのなかった僕にとって、こんなに雄大でのどかな景色は初めてだった。


「どうしたのゆー君?」

「あ、いえ。こんな風景は初めてだからつい感動しちゃって」

「初めて、なんですか? ……そういえばさっきもこの辺りのことを知らないようだったですけど、ユウキくんってどこから来たんですか?」

「うっ」


 食い入るようにすみれ色の瞳を向けるルナちゃんに、僕は思わず身を引いてしまう。


「……あとで話すよ。それよりも今はルナちゃんのお母さんが大変なんでしょ?」

「もーっ、はぐらかさないでくださいよ~!」

「まあまあ。ゆー君にも事情があるんだよ、きっと。ね?」

「は、はいっ」


 セレナさんの出した助け船に、僕はとりあえず乗ることにした。


 どこまで察したかは分からないけど、右も左も分からない僕にセレナさんも気を遣ってくれたのかも。


 確かに今の僕が着てるこの服って現代日本ではありふれたものだけど、ルナちゃんとセレナさんのとは全然違う。

 これは浮いて見えるのも当然だよね。


「ブロロロロロ……」

「どうしたの、はなちゃん?」


 突然喉を鳴らしたはなちゃんを気にしたところで、セレナさんがこんなことを。


「もしかしてゆー君を慰めてるんじゃないかな? なんとなくだけどそんな気がするんだ」

「え、そうなの?」

「パオ」


 僕の確認にはなちゃんが鼻を小さくあげてうなづく。


「セレナさん、はなちゃんの気持ちが分かるんですか?」

「なんとなくだよゆー君。動物にだって心はあるんだもん、見てたら分かるよ~」

「すごいんですね~セレナさんって」


 達観したようなセレナさんに、僕は感心してしまった。


「別に~。うちにも羊とか山羊がいるからさー、動物であってもなんとなく分かるんだよ~」

「お姉ちゃんはうちの羊さんと山羊さんの気持ちが分かっちゃうんですっ」


 得意気にお姉さんを自慢するルナちゃんに、僕はくすりと吹き出す。


「……なにかおかしなこと言ってしまいましたか?」

「ううん、やっぱり仲良しな姉妹なんだなーって。僕一人っ子だったから羨ましいよ」

「そう、なんですね。……無神経なことを言ってしまったみたいですみません」

「ん? 僕は気にしてないよ。へーきへーき」

「それならいいんですけど……」


 これを最後にルナちゃんが黙ってしまい、僕もどうしたらいいものか分からなくなってしまった。


 こんな僕たちをセレナさんがなにか思うところありそうな感じで見てたけど、何だろう?



 しばらくはなちゃんに乗って進んでいたら、いつの間にか羊を放牧する人たちがポツポツと見えてきた。


 ――あれ、羊の角ってあんなだっけ? なんかドリルみたいに渦巻いて突き出してるんだけど。


「もしかして羊を見るのも初めて?」

「いえ、そんなことはないです。でも僕の知る羊とちょっと違うかな~って」

「ふ~ん」


 まただ、セレナさんが意味ありげな表情をしている。


 はなちゃんが近づくと、羊たちはビックリして逃げてしまう。


「な、何だあのデカブツ!?」


 羊飼いさんも腰を抜かしてるよ。


 はなちゃん、というかゾウってやっぱりこの辺りでも全然身近じゃないのかもしれない。


「おっと、こんなこと気にしてる場合じゃなかった。ルナちゃんたちのおうちはどっち?」

「「あっち(です)」」

「はなちゃん、あっちだって。急ごう」

「パオン」


 セレナさんとルナちゃんの二人が指し示した方向に、僕ははなちゃんを早足で歩かせた。


 平原をゆく羊たちを通りすぎ、木でできた囲いをくぐると、そこはもう人の住む村だった。


「ここがルナちゃんたちのすんでる場所?」

「はい。うちももうすぐです」


 ルナちゃんの言うとおり、赤い屋根でレンガ造りの小さな家がはなちゃんが少し進んだ先にある。


「ここがルナちゃんたちのおうちなんだね。はなちゃん」

「パオ」


 はなちゃんをしゃがませると、ルナちゃんはすぐにフカミ草を握っておうちに駆け込んだ。


 それにセレナさんも続くけど、そのあとに続くのを僕はためらってしまう。


「どうしたの、ゆー君?」

「いやー、僕もおうちに入っていいのかな……なんて」

「いいに決まってるじゃん! というかむしろ入んなきゃダメっ!」

「わっ、ちょっと!?」


 セレナさんに背中を強く押されて、僕もレンガ造りのおうちにお邪魔することに。


 土足のまま奥に進むと、ある部屋でベッドに横たわる女の人とお医者さんみたいに白衣を着た男の人が見えた。


 その白衣の人にルナちゃんがフカミ草を差し出している。


「これはフカミ草じゃないか! もしかしてルナちゃんが見つけてきたのかい!?」

「ううん、ルナじゃないです。見つけてくれたのは、そう、この人ですっ」


 いつの間にかルナちゃんに紹介されて、僕はビクッとしてしまった。


「は、はいっ!」

「君が見つけてきたのかい、助かるよ。ちょうど薬に必要なフカミ草を切らしていてね。これでルナちゃんのお母さんは良くなるはずだよ」

「本当ですか!?」


 お医者さんの言葉に、ルナちゃんが身を乗り出す。


「ああ、明日にはお母さんも元気になるはずさ」

「ありがとうございます……!」


 そう伝えるお医者さんに頭をなでられるルナちゃんは、心底安心したような顔を見せていた。


 どうやら寝ているきれいな女の人がルナちゃんのお母さんみたい。


 一件落着みたいで何よりだよ。


 そこへお医者さんと入れ替わるように、また別の男の人が部屋に駆け込んできた。


「ルナ! 村中探したぞ、独りでどこ行ってたんだ!?」

「お父さん!」


 こっちがルナちゃんのお父さんなんだね。


「あのねお父さんっ。ルナ、森でフカミ草を探してたんです」

「独りでか!? ったく、危ないことをして! ……でも無事でよかった……!」


 叱りながらも抱きしめるお父さんに、ルナちゃんは消え入る声で謝っていた。


「ごめんなさいお父さん。でもルナ、お母さんが心配だったんです……」

「そうか。でも独りで森に入るなんて危ないことは二度とするんじゃないぞ」

「はい……」


 お父さんとも仲直りできたみたいで何よりだよ。


「――ところでそこの少年は誰だ?」

「この人はユウキくん、ルナの代わりにフカミ草を見つけてくれたんです。ついでに怖いオークもやっつけてくれましたっ」

「そうか! 娘を助けてくれてありがとう、感謝する」

「いえ、それは僕じゃなくてはなちゃんに伝えてください」

「はなちゃん?」


 お父さんがキョトンとすると同時に、はなちゃんが鼻で器用に窓を開けてその大きな顔を覗かせた。

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