ゾウの嗅覚
ここが異世界ってことは、僕は元の世界から転移か転生したってことになるんだよね?
確かちょっと前に読んでみた最近人気のファンタジー小説とかだと元の世界で死んでから異世界に転移なり転生してたから、僕も一度死んだってこと……?
確かに地震からの火事であの時命を落としたと考えれば納得がいくことかも知れないけど……。
「あの~ユウキくん?」
「うーむ……」
「……ユウキくん!」
「パオン!」
耳元でルナちゃんに怒られたのと、はなちゃんに鼻で叩かれたのがほぼ同時だった。
「痛たたたた……、どうしたの二人とも?」
「それはこっちのセリフですっ。急に考え込んでどうしたんですか?」
「あ、ごめん。――こっちの話だから気にしないでよ」
ぷくっと頬を膨らませるルナちゃんを僕は適当にはぐらかしておく。
自分でも把握しきれてないことなんかを説明したって、ルナちゃんには信じてもらえっこないよ。
「ブロロロロ……」
「え、どうしたのはなちゃん? その顔怖いよ」
なぜか分かんないけどはなちゃんにすごい顔でにらまれてる気がする。
「――そうだ、ルナちゃんこそこんなところで何してたの?」
「ルナですか!? 実は……」
「実は~?」
そっぽを向いてモジモジするルナちゃんに僕がじらすようにそのまま言葉を返したら、彼女はむきになって答えた。
「もう、からかわないでください! ルナ、この森で野草を探していたのですが、いつの間にかオークに襲われてしまい……」
「そうだったんだ……」
落ち込むルナちゃんに、僕は同情するしかない。
ルナちゃんも災難だったね。
そうかと思ったらルナちゃん、今度ははなちゃんに近寄った。
「それにしても不思議な動物さんですね。ちょっと触ってもいいですか?」
「パオ」
「ひっ!?」
はなちゃんがちょっと鼻を上げただけで、ルナちゃんはビクッ!とのけぞってしまう。
「大丈夫だよルナちゃん。はなちゃんは怖くなんてないから。ほら、はなちゃんも下手にルナちゃんの顔に鼻を伸ばしたらダメでしょ」
「……パオ」
「そ、そうですねっ。怖くない怖くない……」
自己暗示をかけながらルナちゃんは、はなちゃんの鼻に手を触れた。
「――意外と固いですね、筋肉質なのでしょうか。それでいて肉厚で温かくて……」
一度触れたルナちゃんは、すぐにはなちゃんの鼻に抱きついてしまう。
あれ、なんだかうっとりしてない?
それはともかく、はなちゃんもルナちゃんの華奢な身体に長い鼻を絡めて歓迎してるみたいだ。
「――はっ、こんなことしている場合ではないです。野草を探さなくては家に帰れませんっ」
そうかと思えばすぐにオロオロとしてしまうルナちゃん。
「それってどんな野草なの?」
「はい、実はフカミ草という野草を探していまして……」
それからルナちゃんがフカミ草っていう野草のことを詳しく話してると、はなちゃんが僕とルナちゃんの間に巨体で割り込んでくる。
「どうしたのはなちゃん?」
「プオ」
一声あげるとはなちゃんは、ルナちゃんのポシェットを鼻でまさぐり始めた。
「ふえええ~?」
「ちょっと、ダメだってばはなちゃん!」
僕の制止も聞かずにはなちゃんはルナちゃんのポシェットから空の小瓶を鼻でつまみ出す。
「これは?」
「お薬を入れてた小瓶です」
小瓶の匂いををかぐとはなちゃんはしゃがんで僕たちに乗るよう促した。
「もしかして何か分かったの?」
僕の問いかけにはなちゃんは大きな頭でうなづく。
「背中に乗ればいいんですか?」
「パオ!」
「とりあえず乗ってよ!」
まずは僕がルナちゃんにお手本を見せた。
さっき初めて乗ったばかりだけど、簡単だからすぐに覚えられるよね。
「まずはこうしてっと」
曲げたはなちゃんの太い前脚に僕が脚をかけると、彼女がそのまま前脚で僕の身体を持ち上げて背中に乗せてくれる。
「ほら、簡単だよ」
「そ、そうですね」
僕がはなちゃんの背中から伸ばした手に掴まりながら、ルナちゃんもはなちゃんの前脚を伝って背中に上がった。
そういえば女の子の手を握ったの初めて……!
「お、おっきいですね……。――ひゃっ!?」
恐る恐るルナちゃんがその広い背中をなでると、はなちゃんが急に立ち上がってびっくりしてしまう。
「高いです……!」
しがみつくルナちゃんがブルブルと身体を震わせているのを、僕は背中から感じた。
女の子ってこんなに柔らかい身体してるんだ……!
「パオン」
僕たちを乗せたはなちゃんが歩き出すと、ルナちゃんは抱きつく力を強める。
背後から漂う花のように清々しい香りが僕の鼻をくすぐって、なんかうっとりしてしまいそうだよ。
「はわわわわわわ、こんなに揺れるんですか……!?」
「ははは、すぐに慣れるよきっと」
だってはなちゃんの背中はこんなに大きくて安心感があるんだもん。
それにしてもはなちゃんはどこに向かって歩いてるんだろう?
はなちゃんが向かった先には、小さな沼がポツンとあった。
それからはなちゃんは僕たちを乗せたままその沼に脚を踏み入れる。
「何してるんだろう?」
「もしかしたらフカミ草を探しているのかもしれませんっ。フカミ草は沼の底に生えているって、野草の本に書いてありました!」
え、そうなの? じゃあはなちゃんは今フカミ草を探してくれてるってこと!?
そんなことを思っていたら、はなちゃんが沼の中から泥にまみれた水草を鼻でつまみ上げた。
「パオっ」
「もしかしてこれがフカミ草?」
「……はいっ、これがフカミ草です間違いないです! もしかしてはなちゃんがルナのために……?」
「パオ」
「えらいじゃんはなちゃん!」
得意気なはなちゃんの頭を、僕はワシワシとなでてあげる。
そんなはなちゃんから泥を払い落としてきれいになったフカミ草を受け取ったルナちゃんは、こんなことを訊いてきた。
「ですがはなちゃんはどうやってフカミ草を……? フカミ草は沼の底に自生するから発見が難しいと、本には書いてあったんですが……ひっ!?」
「だーかーらー、下手に鼻を伸ばしたらダメだって言ってるでしょ! ――もしかしてその鼻でかぎ当てたの?」
ルナちゃんに鼻息を吹きかけるはなちゃんを見た僕は思い当たる。
確かゾウの嗅覚は犬よりも遥かに優れてるって、ちょっと前に見たネット情報に書いてあった気がするよ。
その嗅覚をもってすれば水中にあるものも嗅ぎ当てられるはず。
「プオン!」
当の本人(本象?)も得意気に鼻を曲げて力こぶを作ってるから間違いないっ。
「ありがとうございます……! これでお母さんの病気も治せそうです!」
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