崩壊

其の十一

 凄まじい揺れである。机の上の物はバッタバッタ落っこちる。しがみついている机も右往左往しそうになってしまっている。そして何とも言えない平衡感覚の混乱。ドシャンという衝撃音がする。掃除ロッカーが倒れたらしい。眼が廻る。操縦が乱暴な戦闘ヘリより酷い。そして唯無心に揺れが早く収まるように祈る。日頃は無宗教の奴でも、この時ばかりは「神様仏様野菜様」と祈るだろう。

 そして揺れが少しずつ小さくなってガシャンガシャンといった物音がカタカタという音にまで戻ってきた。揺れが完全に収まったことを確認して机の下から出てくると、まあこれまた酷い。窓ガラスが割れて粉々という久々に見た様子であった。黒板が壁から外れて斜めっていた。

 少年は上の服をさっと脱いで野戦服の格好になり、ランドセルからヘルメットを取り出して被り、腰のベルトに非常食と水筒と刀をぶら下げて、ただの小学六年生から陸上自衛隊三等陸曹白沢國男という立派な武士に様変わりした。其の時間凡そ十五秒。

 「な、何なん?其の格好?」優くんが恐る恐る訊いてきた。「ここからは、俺の指示に従ってもらうぞ。」「えっ?何の権限で?」「兎に角、生き残りたかったらな。」少年はそう言いながら無線機を弄った。

 「ザザザ、えー只今大津波警報が発令されました。」雑音混じりに音声が聞こえる。「やっぱり防災無線が聞こえなかったか。」少年はそうボソリと呟いた。「この付近での予想される津波の高さは十五メートルで到達予想は三十分後です。そのため、市内全域に緊急避難命令が発令されています。住民の皆さんは、直ちに避難をしてください。」

 三十分か。瓦礫だらけで少し大変だが基地までには戻れそうだ。「お前らは取り敢えず屋上に避難しろ。最低十二時間か救助が来るまでは下に降りるなよ。俺は基地に戻る。」そう言って教室を出ようとすると、グイッと服を掴まれた。不知火だった。「お願いだから、行かないで。」今にも恐怖で泣きそうな顔をしている。「これが俺の仕事だ。」そう言って階下に駆け降りた。

 誰もいない校門の詰所の横を走り抜けて基地へ通じる道を疾走した。思ったより街は壊れてない。全壊はおろか、半壊の建物すら無い。そして静かだ。住民は静粛に避難所に向かっている。あの国とは大違いだ。俺があの街に攻め入った時は、建物という建物が崩壊して、強盗が多発した。ふと傍にあるコンビニを見ると、誰も盗みに入った様子は無い。

 ふと、何処からか「助けて!」という叫び声が聞こえた。急いで駆けつけると、斜め四十五度に傾いた家で既に警吏や消防団員が棟木を押し上げようとしていた。「あっ、自衛官さん!助けてください!娘が、娘があ!」そう言って泣き出した。「分かりました。」警官に事情を聞いた。「この中に四歳の少女が取り残されている。何とか場所は大体分かったが、少し遠すぎて手が届かないのだ。」「了解。」そう言って簡単なてこの装置を使って少し棟木を持ち上げた。其の少女は気絶しているようだ。「これじゃあ埒が明かない。俺が潜って救出します。」「オイ、大丈夫か?」と警吏がそう言い終わる前に少年は関節を外してするりと中に入り、一分もしないうちに少女を救出した。少女の両親は「有り難うございます有り難うございます。」と繰り返し頭をペコペコ下げる。「急いでください。津波が来ますよ。」そう返して基地への道を急いだ。

 基地に着くと、皆が凄く忙しく動き回っている。或る者は車輛同士をロープで結びつけ、或る者は書類やコンピューター機器、物資を隊舎の上階に運んでいる。「総員作業やめ!直ちに屋上に集合せよ!」そう放送が入り全員一斉に屋上へ向かった。

 「白沢國男三等陸曹、只今帰営致しました。」と所属の小隊長に報告した。「おお、大丈夫か。それはそうと大隊長殿に報告は?」「今から参ります。」「いってらっしゃい。」そう言い朝礼台の近くに立っている文先輩の所へ向かった。日章旗がポールの上で旗めく。

 「やあ、國さん。学校から戻ってきたのですか。ご苦労。」この男、こんな状況であるにも関わらず何故か飄々としている。別に文先輩だけで無い。この街、というかこの国全体が災害に飄々としている。あの国じゃあ、これの何分の一の地震ですら、戦時の混乱に匹敵するほどの有様だ。だが、殆ど混乱も無く粛々と災厄を避けようとする。

 「なあ、国さんよ。今日の文の旦那、ヤバかったなあ。」「どうしたのですか?」「まあ、良い加減にタメ口で話してくれよ。それはそうと、今日の朝礼でいきなり全備品を二階以上に上げろやら、水を溜めろやら、何言ってんだと思うような事を次々に命令していくんだ。そして其の作業がもう終わるという頃に地震でドカンよ。まるで地震が起きる事を予め知っているかの様だったなあ。」

 其の時、余震がやってきた。全員が頭を抱えた。積み上げた箱が崩れ、隊舎の窓ガラス何枚かが割れるパリーンという音がした。

 だが、そういうことはそこにいた全員の関心から外れていた。何故なら丁度ヘリポートの所を対角線上に添うかのように地面が上下にズレて、断層が出来てしまったのだ。

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