第32話 始式放術(2)

「もう少しね。あと少し人の形を意識すればいけると思うんだけどなぁ」


 教練を始めて三日。

 俺は今、霊力で形代を作る練習をしている。


 形代というのは神霊が降りる依り代となるもののこと。

 古くから「大祓」という行事が全国の神社で行われ、配られた人形代[[rb:人形代 > ひとかたしろ]]に息を吹きかけたり、体の調子の悪いところを撫でて穢れを祓うために使われてきた。


 三角や楕円への変形を練習していたのも全てこの人形代を作るためのものだ。


「この地域の神々は『流し雛』の練習にうってつけなの。霊気の人形代に小さな侍を宿すイメージで」


 初代安倍晴明が愛用していた奥義『流し雛』。いわば始祖のフィニッシュブローだ。


 霊気で作った形代を小型の侍に変化させ連撃を加える技。

 始祖は一振りで十五体の形代を出現させ、無数の連撃で厄を浄化していたという。


 もちろん俺にはそこまで求められていないが、精密な形代を作らなければ少彦名命からの加護を受けられず、侍人形への昇華が起きないらしい。


「まず一体作れれば感覚が掴めると思うんだ。形代までは私も出来るんだけど、人形への昇華は後継者にしか無理なのよ。だから自力で何とかしてもらうしかないんだよね」


「侍のイメージはしてるんだけどなぁ。スマホが使えればもっとイメージできそう。現世に戻って調べてこようかな」


「それは別に構わないけど。今は幽世の扉が開いてないわね。侍の服装なんかはそんなに重要じゃないと思うんだけど、、あ、当時の侍はよく馬に乗ってたわよ」


 馬か。

 侍は幕末の新選組みたいなものだと思っていた。

 馬というと鎧兜を着た戦国時代の戦のイメージだけど、そこは盲点だったかもしれない。

 ただそうすると馬形代も必要なのではという気がしないでもないが、そこらへんはアバウトなのか。


 俺はひとまず馬に乗っている小さな侍をイメージしつつ、霊力を形代に保ちながら鬼切丸を振ってみた。


 すると、カチ!


 と微かに岩に金属が当たる音が聞こえた。


「そう!その調子!いま一瞬だけど侍の刀が岩に触れてたよ!」


「よ、よーし!」


 迦具夜のいう馬の侍が的中したようだ。

 俺は霊力の回復を待ち、その動作をがむしゃらに繰り返した。



 さらに半日が経過し、現世ではすっかり日も落ちて、幽世との行き来が可能な時間となった。

 しかし、俺にスマホを確認する理由はもうない。


 そう。

 ようやく『流し雛』を習得することができたのだ!


 まだ出せるのは一体だけど、俺が全霊力を込め形代と侍人形のイメージをしながら刀を振ると、白い刀身の剣先から人形代が飛んでゆく。


 その形代は途中で馬に跨った侍へと姿を変え、岩の直前で鞘から真一文字に刀を引き抜いた。

 身長の何十倍はあろうかという巨石の右半分が豆腐のように斬り裂かれる。


「あ〜、やっぱり完全に切断するのは難しいか」


 さっきから何十回と目の前の岩を真っ二つに切断するよう試みているのだが、なかなかその道のりは険しい。


 幽世で破壊されたものはしばらくすると元の状態に復元する。それはこの世界が霊気により成り立っているから。


 この辺の自然は復元が早く、特に練習で使っている岩はものの五分もあれば元の状態に再生する。


「上出来、上出来。第一段階としては十分だよ」


「だ、第一段階?!もしかして、まだこの教練続くの?」


「いやいや、今回はこれでおしまい。まだ彼の域に達するには時間がかかるけど、それは地道に訓練を続けてみて。この技について私から教えられることは全て伝えたから。

お疲れ様」


 そう言うと、迦具夜は左腕の袖から修印帳を取り出した。


 そんなところに入れてたのか。


「はい」


 迦具夜が俺に修印帳を手渡す。

 そこには『始式放術初段修証』の印がしっかりと記されていた。


「ありがとう。厳しかったけど、今までで一番親身になって教えてくれた師範だったよ」


「それはそうよ。協力するって言ったでしょ」


「うん。これからもよろしく」


「途中でへこたれないでよ。本来であれば私は案内役なの。師範代は先代から脈々と受け継いでいく術だったんだけどね。ちょっと訳ありで。

実は教えるのは今回が初めてだったんだ。力不足なところがあるかもしれないけど我慢してね」


「大丈夫。名師範だったよ。無事に『流し雛』も覚えられたし。

先代たちのことは何となく察しがつくけど、無理をしない、なるべく後継者のことは明かさない、でしょ?」


「そうね。おそらく東京支部でもそう考えてるはず。

実は陰陽寮の力が弱まってから派閥争いが一時激化してね。だいぶ落ち着いてるけど、絶大な力を持った後継者は必ずターゲットにされる。

引退の理由は怪我だったり、自分の限界を知って諦めたりいろいろなんだけど、一番多いのは私からの肩叩きね。教練で死亡することは少ないのよ」


「肩叩き?辞めさせるってこと?」


 迦具夜が黙って頷く。


「後継者として相応しいか判断するのが私の仕事。私には潜在霊力の底が見えるから。これ以上無理なことを続けるのはお互いにとって良い結果にならないでしょ?

可能性があるならいくらでも待つんだけど、止まってしまった霊力は絶対にそれ以上増えないの」


 死ぬことが少ないのはホッとしたけど、大半は迦具夜が辞めさせてたってのには驚いた。今年一番の衝撃的事実だ。


「俺は権力とか名声には興味ない。でも、厄体や浮遊霊のような不遇な存在は救いたい。

純粋に強さを追い求めたいし、この世界のことももっと知りたいな」


「ふふ、その気持ちをいつまでも忘れないでね」


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