第33話 おのころじま

 伊賀国教練の後、次の行先として指定されたのは淡路国だった。


 この地には、日本書紀や古事記にも記載のある有名な伊弉諾尊いざなぎのみこと伊奘冉尊いざなみのみことが祀られている。


 二人が神の住処である『高天原たかまがはら』から降り立ち、授かった天之瓊矛あめのぬぼこにより下界をかきまぜ、引き上げた矛先から滴り落ちた塩の雫は、自ら凝り固まって「自凝島おのころじま」となった。


 二人は夫婦となり次々と日本列島を生み出したが、その最初に生まれた島が淡路島だと言われている。


 淡路島の東南に位置する『沼島』こそが滴り落ちた塩の雫『自凝島』であり、国産みの聖地とされているそうだ。


 俺はバスと船を乗り継ぎ、その沼島へと降り立った。

 海岸線にある奇岩郡。

 高さ三十メートルほどの『上立神岩』や世界的にも極めて珍しい『鞘状褶曲』など、原始を彷彿とさせる光景がそこにはあった。


 鞘状褶曲とは岩が木の年輪のように、同心円上に紋様の付いたもので、一億年前の地球内部が分かる貴重な指定文化財となっている。


 日没。


 本土と沼島を就航する船の最終便は午後七時。

 今回も長引くだろうと予想した俺は、怪しまれないように昼から現地入りし、最終便の少し前に幽世へ入った。


 迦具夜からの指示は淡路島ではなく沼島だった。場所の指定が曖昧なので、俺は見晴らしの良い『上立神岩』の上に座り様子を伺う。

 雄大な太平洋を眺めていると、地球が球体であることに改めて気付かされる。


 海の中からナイフを突き出したようにそびえ立つその岩は、現世であれば人が簡単に登れるような代物ではない。


 しかし、操術を習得したことにより幽世内での身体能力は大幅に強化できるので、二〜三歩もあれば岩のてっぺんへと登ることができる。きっと月面もこんな感じなのではないかと思わせる軽やかさだ。


 周囲に今のところ変わった動きはない。

 過去四回の初接触は鳥居が二回、その他が二回。今回はどこに現れるのか。


 360度見回しても、あるのは幽世の空とそれを映す海、そして波の音だけだ。物悲しさが余計際立ち、それがまたいい。


 俺がそろそろ場所を変えるか決めかねていると、主は向こうからやってきた。

 大海原から海の上を歩いてくるそれは、人ではなく二体の狛犬だった。


「客人がおったぞ」

「そうじゃな」


 二体が上立神岩に近付く。


「こんばんは。迦具夜さんから聞いて後継者教練を受けに来ました。あなた達が教えてくれるのでしょうか?」


 ゴッ、バァ一ン!


 という轟音とともに俺が立っていた岩はガラガラと崩れ落ちた。


「な!なになに?」


「上から見下ろすとは、教えてもらう姿勢として、ちと相応しくないのう」


 二体が「ガハハ」と吠えるような笑い声を上げる。


 こえぇ〜!

 確かにちょっと失礼だったかもしれないけど、いきなり岩破壊するかな。

 それにしても流石の威力。まだ距離があったにも関わらず何をしたのか分からなかった。


「すみませんでした。見晴らしが良かったので、つい」


 爆発の瞬間に飛び上がった俺は、砕けた岩の上に着地。

 狛犬がいる場所まで降り丁重に謝った。

 見た目は犬というよりライオン。

 正確には獅子。狛犬ならぬ狛獅子だ。


「冗談じゃよ。反応は悪くないな。お主にくみする価値があるのであれば協力してやっても良いぞ」


「そうじゃの」


 冗談っていっても、岩破壊してるけど。

 どちらが話してるのか分からないが、とりあえず、二体は同意見のようだ。


「どうすれば認めてもらえますか?」


 俺の質問に狛獅子が答える。


「式神は何体と契約してるのじゃ?」


「まだ二体だけです」


「ちょっと出してみい」


 俺は言われた通り『紫炎』と『百水』を同時に召喚する。


 先日の田沼さんの話だと二体の消費霊力は1ずつ。俺の回復霊力は2だという。つまり、両方出している間は一切霊力が回復しないということ。


 召喚するのも初めてだ。


 二匹の最大霊力は各々50ほどと言っていた。厄体の脅威度でいうと2ほどだろう。

 二月生の同期でも霊力がそのくらいの者はいるので、この程度の消費量で二匹を思い通りに動かせるのは、やはりコスパが良い。


 式神は俺を媒介にして霊力を受け取っているので、回復霊力というものは存在しない。霊力が尽きた場合は常世に戻り、しばらく呼び出すことができなくなるらしい。


 再召喚までの時間は術師や式神の個体次第らしく、経験則でしか把握できないとのこと。


 こっちもそっちも狛犬か。まさに狛犬パラダイス。絶対口には出して言えないが、少しホッコリする。


 事実、紫炎と百水はホントに可愛い。今も二匹は俺に擦り寄り、じっと目を見つめ尻尾を振っている。


「ほう。相剋そうこく関係の火と水を同時に使いこなすか。

たいてい初めは自分の属す五行のどれか一つに収まるものだがな。生まれ持っての重複適合者とは珍しい」


 陰陽道における『相剋』とは一方が他方を制約したり抑制したりする関係のことをいう。この場合、水は火を抑える立場にある。


 多くの陰陽師は先祖代々得意とする行があり、技にしろ、式神にしろ、その分野を伸ばしていくのが常識のようだ。


「ここは足場が悪い。この岩が復元するには一週間ほどかかるだろう。力量確認は場所を変えて行う。ついてまいれ」


 沼島に戻り、北西方面へ少し進むと開けた場所があった。


「ここらへんで良さそうじゃの。お手並み拝見。こちらは儂だけで対応するが、そちらは全力で良いぞ」


 もう一体は高みの見物か。舐められてるなぁ。こっちとしては助かるけど。


「分かりました。宜しくお願いします」


 俺の全力といっても出来るのは、まず式神二体の召喚。そして、鬼切丸による『流し雛』くらいだ。


 『流し雛』は霊力が回復しないとなると打てるのは、おそらく二回。なるべく霊力を温存しながら、いざという時に決めるしかない。


「いつでもよいぞ」


「はい」


 俺はまず紫炎と百水を召喚。

 二手に分かれ左右から攻撃させ、気を取られている間に俺が切り込む作戦。

 前に避けても俺がいるし、後ろに避けたら三手で追撃する。

 

 紫炎が左から、百水が右から敵に迫る。

 さて、どのような行動に出るか。

 迎え撃つのか?

 それとも、どちらかに退くか?


 紫炎と百水が最も得意なのはスピード。

 格上とはいえ足の速さについては引けをとっていない。

 攻撃としては『ひっかき』『噛みつき』程度だが、気を引き付けてくれればそれでいい。


 狛獅子の選択は後方への退避だった。

 実質、三方向が断たれているので、順当な判断。


 紫炎と百水は走りながら方向を変え敵を追い、俺もすぐに後方へ飛んだ狛獅子を追いかける。


 次の動きが勝負だ。

 流し雛の存在はまだ知らないはず。技自体は知っていても撃てるかどうかは分からないだろう。


 後方に飛んだ狛獅子の正面は断崖。

 進む道は俺達のいる三方向のどこかしかない。

 必ず誰かの方に突っ込んでくるはず。


 すると、狛獅子は左に動いた。

 その方角は紫炎の領域。


 「行けっ!」


 俺は紫炎に気を取られているであろう狛獅子めがけて『流し雛』を放った。

 剣先から放たれた侍人形は急接近している二体を上回る速度で狛獅子に迫る。


 『流し雛』が近づいていることに気づいた狛獅子は侍人形と紫炎を跳躍で躱すが、これは俺が一番狙っていた瞬間。


 すかさず放物線の最高到達点めがけて二発目の『流し雛』を放つ。


 一発目と二発目が上下に走る中、満月に照らされる狛獅子と侍人形。

 幽世には雲がないので、その光景がよく見えた。


 そして『流し雛』が狛獅子を捕らえる!


 二つに分断された狛獅子は着地することができず、地面に激しく打ち付けられバラバラになった。

 

「よし!」


 俺の霊力もあと僅か。

 これでまずは一決着。

 あとは見物している残りの一体だが、霊力の回復を待ってから仕切り直しさせてもらえないだろうか。


 などと考えていた、その時。


 俺の目には信じられない光景が映った。

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