第31話 始式放術

 伊賀と大和の国境を流れる赤目四十八滝。その長さは四キロにも及び、数々の瀑布がとても美しい。

 

 かつて伊賀忍者達も修行に明け暮れたと言われるこの大自然が今回の教練の指定場所だ。

 

 俺は日の入りまで城や博物館などを観光し歴史の息吹を堪能した後、この地を訪れた。


 後継者教練が行われる地の周辺は強力な結界による不可侵の帳が下りているため、厄体が侵入してくることはない。


 教練自体は過酷だが、始祖の結界術による安心感は心にゆとりを与えてくれる。

 初代が何を思い、この地に技術を封印したのかを知ることも教練を知るうえで必要なことだ。

 単に慣れてきたから旅行気分に浸っているわけでは決してないのである。


 日が落ちるのを待ち、俺は幽世へと移動。


 もう陰陽反転も手慣れたもので、事前に人目に付かなそうな場所をリサーチしておけば、歩きながらでも瞬時に移動できるようになった。


 入口付近には誰もおらず、赤目五瀑の一つ不動滝を飛び越え上流へと進む。


 ここは名水百選、日本の滝百選などにも選ばれ、天然のオオサンショウウオも多く棲息している。


 いくつかの滝を抜けると、小さな島のような少し開けた場所に『七色岩』と呼ばれる大きな岩があった。

 薄明かりの中、目を凝らすと岩の下にぼんやり佇む人の姿が目に入った。


 それは和服を着た子供のよう。


 ふと前回の化物の顔を思い出しゾッとした。あれは文楽のガブという技法に良く似ていた。口裂け女の元祖だな。


 少なくとも一人暮らしの幼気いたいけな青年に不意打ちするのだけは止めていただきたい。


 恐る恐る歩を進め、七色岩に近づく俺。


 しかし目を細めよく見ると、それは良く見慣れた顔だった。


「あれ!? 迦具夜?」


 そこには少しおめかしした迦具夜の姿があった。


「あんた、いつもそんなビクビクしながら教練受けてんの?」


「いや、そんな事ないんだけど、前回のトラウマがまだ癒えてないというか。そんなことより、なんでいるの? 俺今日は呼んでないと思ったけど」


 笛を吹いてお願いしていないのに迦具夜がいたことに少し驚く。

 肌は更に白く、眉に薄墨を入れた迦具夜がそこにいた。服装はいつもの赤い着物姿だが、両袖を襷のようなもので捲りあげている。


「これが正装なの。教練を受けたいと言ったのはあなたでしょ?」


「それは言ったけど、講師の人はどこにいるの??中とか?」


「相変わらず鈍い人ね。講師は、あ、た、し」


 彼女は人差し指で三回自分を指差す。


「迦具夜が!」


 迦具夜が講師だなんて。こんな馴れ馴れしくしてちゃまずかったのかな。やっぱり、ただの浮遊霊じゃなかったのね。


「まぁ、今回はね」


「今まで何者かずっと謎だったけど、そうだったんだね。いやぁ、それなら良かった。毎回驚かされるのは心臓に悪いから。いろいろと教えてもらえそうだし、他の講師は何が起こるかヒヤヒヤするんだよなぁ」


「いままでの成果、見せてもらうわよ」


「迦具夜先生、宜しくお願いします!」


 こうして始式放術初段教練は始まったのであった。


「それで、まずは何をすればいいの?」


「そうね。とりあえず君の今の力量を確認しようかしら」


 というと、迦具夜は二十メートルほど離れた岩に視線を移す。


「そこから動かずあれに霊気を撃ってみて。全力でね」


 ここから動かずってことは物理攻撃ではなく間接放術というやつか。

 放術の講義でやった時の霊縛はうまく出来なかったけど、その後、自主練に励みしっかりと習得している。


 撃つって言ってるから今回はネットじゃなくて霊力をボールのようにすればいいのかな。


 俺は左手を右腕に添え、右の手のひらを開いた。

 そして、丸い玉をイメージし右手に『具現化』させた後、『霊縛』の要領で目標までの狙いを定める。


 無くならない程度に右の手のひらへありったけの霊力を移動して


「行け!」


 ボンっという衝撃とともに霊力の玉が右手から吐き出された。


 それは真っ直ぐに飛んでいき、岩の中央に当たって消える。


 やった!成功だ!


 ネットから球状への変更はそれほど難しくなかった。

 問題は投げる動作と打つ動作の違いくらい。思った通りの軌道を描き目標に当てることができて、ホッとした。


「やっぱり全然ダメね」


 しかし、俺の全力の霊力は迦具夜のお眼鏡にはかなわなかったようで、


「ダ、ダメだった?」


「あれじゃ、ただ霊力を外に出しただけじゃない。

力が周りに拡散して岩までほとんど届いてないわよ。しかも速度が遅すぎる!

これが当たるのは不意打ちくらいね」


 散々な言われようだが、確かに彼女の言う通り俺の放術はまだまだ初心者レベルだ。


 チュン!


 という、音とともに迦具夜の指が光ったかと思うと、岩に直径三センチほどの風穴が空いていた。


「こんな感じよ」


「うへぇ〜、何それ、凄すぎる。一体どんだけ霊力あるんだよ」


「これは霊力量も質も関係ないの。ただ放出の仕方の問題。圧縮して速度を上げただけよ」


「圧縮っすか」


 その後も霊力の回復を待っては全力投球をひたすら繰り返すのだが


「遅すぎる」


「霊力が逃げてるよ。表面を塗り固めるような感じで霊力を閉じ込めて」


「遅い」


「ダメ」


「もっとコンパクトに」


「ダメ」


「全然ダメ」


「やる気あるの?」


 迦具夜との特訓は一日続いた。

 時計を見ると開始からすでに二十時間ほど打ち続けている。


「だぁ~~!もう無理だ〜」


「この程度で何言ってるの。でもまぁ、少しは良くなってきたかもね」


 最初は岩に当たると煙のように消えていた霊力玉が、今は凹むくらいにまでに進化している。

 まだまだ迦具夜との違いは歴然だが。


「今回のところはひとまず及第点ということでいいわよ」


「あ、ホントに!」


「じゃあ。次行くよ」


 終わりじゃないのね。

 いつもより早く終わり、ガッツポーズしようと上げた右手を俺は静かに降ろす。


「次は今まで球状だった形を三角や細長く変えて放出する練習よ」


「それって、操術の範囲なんじゃ??」


「つべこべ言わずにやる!ここまでは出来てること前提なの。彼の奥義を覚えるのはそんなに簡単なことじゃないのよ」


「奥義?そんなのがあるの?」


「彼には良く使っていたお気に入りの技がいくつかあるの。今日教えたいのはその一つ。今はその事前準備をしてるわけ」


 そうだったのか。

 始祖が使っていた奥義。

 絶対に覚えて帰ってやる!


「先生、お願いします!」


「うむうむ」

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