第18話 放術(2)

「田沼さん。全然割れません」


 俺はいま木刀で薪を割ろうとしている。

 なぜそんなことをしているかというと、もちろん『霊力伝導』の練習だ。


「うーん、加納くんはちょっと腰が引け過ぎなんじゃないかな?」


「それって『霊力伝導』と関係ありますか?」


 この練習をかれこれ三十分ほどやっているのだが、未だに一つも割れていない。逆に木刀のほうが一本ダメになってしまった。


 御堂さんは一発終了。

 類家さんも十分ほど前に成功し、今は地ベタに大の字で座りながら俺の様子を見ている。


「やり方は合ってるんだけどね。まぁ、あれだ。凝術レベルの影響は大きいかもしれないな。別に合格不合格はないんだから今すぐできる必要はないよ」


 田沼さんがそれとなく先を促す。これ以上二人を待たせるのも申し訳ないし、今日のところはそれしかないか。


 体内の霊力を木刀に流し込むことで斧と同じような破壊力を生み出そうというそのまんまの練習なのだが、やってみるとこれがなかなか難しい。


 あれだけ練習した凝術もまだまだということか。

 類家さんが4%でそこそこ時間がかかっていたということは、俺は一体いつになるのだろう。


 でも、もう少しだけ。


 昨日あれだけ教えてもらった御堂家スペシャルを思い出すんだ。丹田に意識を集中して息を吐く時間を極力長く、吐いた後は三秒停止。


「だぁ!」


 木刀は見事薪に命中。

 薪は砕け散った。


「おぉ、やったじゃないか!加納くん。斧というよりハンマーになったね」


「これは、やったんですかね?」


「できてます!」


「パワフル〜!」


 これを成功と言っていいのか甚だ疑問だが、一応今日のところはオーケーにしておこう。

 

 類家さんともだいぶ打ち解けてきた。

 最初からこんな感じだけど。


 木刀に霊力を伝えるまでは出来るが、形を変えることが難しい。頭の中ではちゃんとイメージしてるんだけどなぁ。これも経験と熟練度の差か。


「それじゃあ、直接型は一応みんな成功ということで、次は間接型の放術を一つ伝授いたしましょう!」


 田沼さんはようやく先に進めることにホッとしているのかなんだか嬉しそうだ。


「この技の名称は『霊縛』[[rb:霊縛 > れいばく]]と言います。御堂さん知ってるかな?」


「え〜と。たぶん霊力で相手を捕獲したり、動きを止めたりする技だと思います」


「その通り。よく出来ました。技の名前は私が命名しただけだから覚えなくてもいいんだけど、これは模擬厄体に憑依させる厄体の捕獲にも使われているし、遠くにいる敵を逃さないよう足止めするなんてこともできる。活用頻度の高い基本技なんだ」


「霊力で縛る技?縄かなんかを出すんですか?」


 確かにうまく出来るようになったら役立ちそう。


「そうだね。間接放術は特にイメージが大事なんだけど、網にしたり、紐のようなものを出して巻き付けたり、いろいろなやり方で使っている人がいるよ」


 田沼さんの話を遮らないよう三人とも言葉を発さず頷く。


「この技は難しくはないけど奥が深くてね。相手によっても難易度が全然変わってくるから、今日はまずあそこにいる模擬厄体に網をかける練習をしようと思う」


 田沼さんの指さす方向を見ると二十メートルほど離れたところに模擬厄体三体が直立モードで配置されていた。


「この技のポイントは二つ!網をしっかりイメージして作り出すこと、そして作った網を対象まで飛ばすこと」


 霊力を飛ばすって今の俺にはハードルが高そう。


 作って投げる、作って投げる、俺は頭の中でイメージを膨らます。


「あ、それと、直接型と比べると霊力の消費が大きいから、それも注意しないといけないかな。

慣れると強度や形状、距離なんかも自由に変更できるようになるけど、今日は何でもいいからとりあえず作って投げるのが目標ね」


 説明が終わると三人は早速実践練習に入った。投げるのはおいといて、まずは網を作り出さないと話にならない。


 俺は田沼さんに言われたようにやってみるも当然なかなかうまくいかない。網を作る時点で今の俺には至難の技だ。


 御堂さんは相変わらずいとも簡単にキレイな網を作り出し、三回目の投擲で見事に模擬厄体を捕らえた。時間にして正味五分。


 なんかもう一緒にやってるのが申し訳なくなる。


 類家さんも網の作成はすんなりクリア。しかも網目の細かい巨大な網を作り上げていた。

 でも投げる方は得意ではないらしく、結局三体まとめて捕獲して一応クリアということになった。


 そして問題の俺だが、網を作る時点でお手上げ状態だ。


 さっきと同じく三十分ほど粘ってみたが、結局網を作ることはできなかった。


 直接型はまだ体から流し込むイメージを持てたけど、間接型は出して固まってしまった霊力をどうすれば変化させられるのか分からなかったのだ。出したら出しっぱなし。


 へその緒みたいに自分と網を紐のような霊力で繋いだまま変化させるイメージだと思うんだけど、すぐには習得できなさそうだ。


「今日はそろそろ時間だから終わりにしよう。間接型はベテランの陰陽師でも常に磨きをかけている技術だから、焦る必要はないよ」


「はい、ありがとうございました」


「加納さん大丈夫ですか?!」


 霊力を消費し過ぎたのか、さっきから凄く息苦しい。御堂さんが心配そうに見つめてくる。


「大丈夫。ありがとう。ちょっと休めば元に戻ると思う」


 幽世に入り始めて一ヶ月半になるが、こんなに霊力を使ったのは始めてだ。本当に現世と同じように息苦しくなるんだな。


 陰陽術って大変だ。



 陰陽五作のうち、集術、凝術、放術の三法が終わった。


 この時点で厄体を浄化するための最低限の技術は揃ったことになる。


 陰陽生は入学から卒業までがおよそ一年とされているが、講習期間はだいたい最初の三ヶ月。

 その後は習った技術を反復するアウトプット期間だ。俺の放術のように聞いただけでは全く出来ないというのはよくあること。そういった点を改善しながら更なる高みを目指すのが残りの九ヶ月だ。


 そして、次は初の実戦となる仮免許試験。


 各支部の公的案件である定常的浄化区域の中から選りすぐりの安全区画を試験会場としている。


 試験は生徒2〜4名と試験官1名を加えたチームで行われる。


 東京支部の場合は必然的にいつものメンバーになる可能性が高いが、それには俺の放術が仮免許試験の参加レベルに達しているかにかかっている。

 もし、間に合わなければ後日他支部に遠征するか、三月入学の後輩チームに混ぜてもらわなければいけなくなる。


 こうして俺の不眠不休の特訓は始まったのだった。

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