第17話 放術

 午前一時。

 俺はまた修練場へと来ていた。


 オヤジ3に圧勝してから、今はメダリスト1との訓練をメインに行っている。


 バイトは今までなるべく時給のいい深夜帯に入れていたのだが、陰陽師修行に集中できるよう日中メインに変えてもらった。


 白浜教練以来、なるべく幽世内にいるほうが効率的に時間を使えると分かったことによるルール変更だ。


 明日はいよいよ陰陽五作の三つ目となる『放術』の初講義。


 ただ、その前に凝術の数値をどうにかせねばならん。

 田沼さんに休んだ時の授業内容を聞いたり、直接指導を受けたりして少し理解してきたけど、もう少しといったところ。


 目標は0からの脱却だ。


 なので、最近はバトル訓練による霊力底上げを一旦やめて、他の人の練習方法を見学しに修練場へ来ている感じ。


 今日は奥の方で御堂さんも訓練していた。


 俺は模擬厄体を起動させ戦っているふうを装いながら皆の様子を確認する。


 さっきから御堂さんがチラチラとこっちを見てる気がするんだけど、気のせいかな。


 と思ったら、彼女が少し気まずそうな表情で話しかけてきた。


「加納さん、ごめんなさい」


「あ、こんばんは。え?ごめんって何だっけ?」


 急に謝られたけど、何も心当たりはない。


「いや、最近避けてるように思われていないか気になってて、」


 あぁ、そういうことか。

 それは少し思ってるけど、俺の不甲斐なさの致すところなので仕方ない面もあるからね。


「全然気にしてなかった。類家さんと仲良さそうだから邪魔しないようにと思って」


「いえ、そんな。加納さんともお話したいんですけど、私、人見知りなので話すキッカケがないと声をかけられなくて」


「そうだったの? 俺なんかに気を遣わないで気軽に声かけてくれればいいのに」


 とは言ったものの、それは自分も同じだった。

 陰陽師は家柄や実力が全ての世界。

 こんな弱っちい俺が声をかけたら嫌がるかと思ってずっと話しかけられずにいたのだ。お互い人見知りだっただけなのね。少し安心。


「ところで、御堂さんはいつもこの時間に練習してるの?」


 模擬厄体の形状からいって御堂さんが今使っているのはジンガイ。

 入学してまだ一ヶ月ちょっとなのにもう最高ランクかよ。


 模擬厄体はランクによって少しずつ大きさが違う。

 オヤジが身長170センチほどに対して、メダリストは190センチ、ジンガイに関しては2メートルを優に超えている。


 こんなでかいマネキンもあるんだなと感心してしまう。


「はい。中学の卒業式が昨日終わって今は春休みなんです。この時間は比較的空いてるので」


「そっか、春休みかぁ。俺と一緒だね。大学生の春休みは二ヶ月くらいあるんだ」


「いいなぁ。私も早く大学生になりたいです」


 そう言うと、御堂さんは少し口を尖らせる。


「ははっ、まだもう少し先だね」

「そうだ!あの、ちょっとお願いがあるんだけど」

「はい。なんでしょう?」


 リスのような可愛い目をパチクリさせてじっと俺を見る御堂さん。


 もう止めてくれ。


「あ、えっと、御堂さんは凝術使うのすごく上手いからさ。あ、なんでも上手なんだけど。コツとかあったら教えてくれないかなと思って」


「はい。全然いいですよ。それなら丹田呼吸法を応用した御堂家のスペシャルバージョンがあります」


「なになに?どんな呼吸法?」


「基本は一緒なんですけど、息の吸い方とか吐く時間とかをご先祖様達がいろいろ検証した結果、一番良いタイミングが見つかったとかで、」


 我ながら挙動不審っぷりが恥ずかしいが

 そんな俺にも神対応。ホントにいい子だ。


「良かったら教えてくれないかな。俺って凝術ランクすらないみたいで。いま必死に練習してるんだよ」


「それなら、これから実際やりながら説明しましょうか?」


「ほんと!宜しくお願いします!」


 この後、御堂さんとのマンツーマンレッスンは夜明け近くまで続いたのだった。



 明け方、修練場から戻った俺は家に帰るとすぐにシャワーを浴びて仮眠をとった。


 十時から十七時まではバイトに行き、終わったらまた陰陽生講習。


 一見大変そうだが、現世では体力、幽世では霊力と使うエネルギーが違うので、実際はそこまでしんどくない。


 忙しなくバイトが終わり、日没を迎えたところで講義が始まった。今日は陰陽五作の三つ目『放術』だ。


「それではこれから『放術』について説明します。説明後は各自実践練習を行い終了です」


 測定はしないのか類家さんから質問が出たが、今回はないとのこと。


 陰陽五作は二種類に大別され、一言で言うとスペックとテクニック。


 スペックとは霊力の量に影響する「集術」と質に影響する「凝術」のこと、残り三つは霊力を有効的に使うためのテクニックということになる。


 そのため、協会として数値を把握する必要があるのは集術と凝術のみで十分なのだそうだ。


「未春は放術得意だからいいよね。私はこれ苦手なんだよなぁ」


 と言うのは類家さん。

 御堂さんと気軽に話せるようになったら類家さんとも少し距離が縮まった。


 御堂さんと同じ十五歳なのだが、これまたタイプが違い歳の割に大人びた雰囲気。

 身長は170センチ近くあり、サバサバとした性格なのだが、体育会系ではなくインドア派なのだとか。


「涼ちゃんだって。十分上手だよ」


 といって俺と目が合い、気まずそうな表情を浮かべ目を逸らす御堂さん。


 普通にしててくれたほうが傷つかないんだけどなと思いつつ、それも可愛く感じてしまうキモい俺。


「そろそろいいかな」


 急に距離の縮まった三人を微笑ましく見つめながら田沼さんが続ける。


「放術というのは今までの二つとは少し違って、実戦で戦うための技術だ。

まず放術には直接型と間接型がある。

直接型は素手だったり刀だったり触れるものに霊力を宿す方法、そして間接型は直には触れず霊力を飛ばして何かしらの作用を与える方法だ」


「あれ?霊力を放出する方法ってことはもう出来てるってことですか?」


 少し前まで体内の霊力を外に出せず、オヤジ1にもボコボコにされた苦い経験を思い出す。


「霊力を体内に流すだけなら難しくない。だが、霊力をモノに流す、手から飛ばすといった技術全般のことを放術というんだ」


「あ、そういうことですか」


 あれで終わりだったらそもそも陰陽五作の一つになんて入らないか。


「放術の数はそれこそ人それぞれ。独自のものまで入れたらいくつあるか分からない。だから、今回は基本的な二つを教えるから後は各々自分なりの技を磨くんだな」


 集術や凝術は先天的な力をどう引き出すかといった能力だったのに対して、放術は厄体をいかに早く確実に浄化するかに重きをおいた後天的な技術って感じか。


「ということで、放術の基本技一つ目は『霊力伝導』だ」

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