第19話 位山

 飛騨国の位山くらいやまは古くから霊山として知られ、世界最古の古文書「竹内文書」に記述されている天孫降臨の地『高天原たかまがはら』や、古代文字の記された巨石群など多くの伝説を残す。


 位山と呼ばれるようになったのは、二千年前に神武天皇がこの山に登拝した際、顔が2つ、手が4本の鬼神『両面宿儺りょうめんすくな』が天から降臨し、彼に王位を授けたことが所以のようだ。


 以上が俺の調べた事前情報の一部抜粋。


 どんなことが待ち受けているか分からないから、できる限りの情報収集をしておくに越したことはない。


 伊豆国の琵琶法師から受け取った『修印帳』を片手に、俺は位山の山頂に程近い鳥居前までやってきた。


 岐阜県の今日の日の入りは午後六時ちょうど。近くにある岩に腰掛け、その時を待つ。


 バイトは数日先まで事前に休みを取っておいた。陰陽生講習のほうは仮免許試験まで授業はないので問題なし。以前のような失態はないであろう。


 完全に日も落ち、辺りが闇に包まれたところで、俺はそっと幽世に移動する。


 入口に近づくと鳥居の下にはまたもや人影があった。


 よく目を凝らしてみても男性か女性か分からない。

 虚無僧のようなその風貌になぜか懐かしさを覚えたのは、前に迦具夜が言っていた『怪しげなの』という言葉を思い出したからだ。


「宜しくお願いします」


 修印帳を見せて挨拶をしても虚無僧からの返事はない。

 見えなかったのかと思い、もう一度修印帳を差し出そうとすると、虚無僧はくるりと踵を返し奥へと歩いていった。


 これは着いて来いということか。


 前回の琵琶法師の時も着いた途端に始まるパターンだったから、またそれね。


 位山は家族連れの登山スポットとしても人気で道は歩きやすく整備されている。


 天皇即位の際には現在でも位山のイチイの笏が献上されている。

 これは1159年の天皇即位時に位山のイチイの木を笏の材料として献上したところ、正一位の官位を賜ったことからイチイと名付けられ、その伝統が脈々と受け継がれているという。


虚無僧の後をついていくことおよそ三十分。

歩く速度は遅からず早からず。

これが修行とは考えづらい。


 巨石群を通り抜け、しばらく歩くと山頂に到着。さっきまで見失わないように注意しながら後をつけていた虚無僧の姿は、いつの間にか消えていた。


 御嶽山眺望スポットから幽世の絶景をしばし拝観。

 山頂付近でありながら水が湧き出す神秘の岩場『天の泉』へと辿り着いた。この水は飲むと病が治るのだとか。



「きた」

「きた」


 ん?


 俺が少し足を止め、『天の泉』の霊気に魅了されていると、静寂の中から突如子供の声が聞こえた。


 辺りを見回しても、それらしき気配は見当たらない。

 気のせいかもしれないと俺がまた先に進もうとすると


「ちがう」

「ちがう」


 やはりどこからか子供の声が聞こえる。


 目の前の草むらにうごめく影。

 巨石の先端に目を向けると、そこには子供が左右に一人ずつ立っていた。


 この子達が今回の講師?

 講師というよりは完全に子供にしか見えないが。


「もしかして君達が後継者教練を教えてくれるのかな?」


 俺は二人に声をかけた。


「おにはだれ?」

「おにはだれ?」


 俺の問いかけなど完全無視。

 聞く気もないようだ。次の教練は鬼ごっこか?


「おにはすくな」

「おにはすくな」


「ずっとすくな」

「ずっとすくな」


 なんだ?なんの話?すくなって?


「おーい!俺の話を聞いてくれよ!」


「すくなじゃないよ」

「すくなじゃないね」


 めげずに声をかけるもやはり話は噛み合わない。


「すくなのかわり」

「すくなのかわり」


「わたしをさがして」

「わたしもさがして」


「ちょ、ちょっと、待って!」


 子供達はそう言い残し、また闇へと消えて行った。


 この有無を言わさない感じ、また同じだ。


 待てと言っても、すでに教練が始まっているのなら待つはずがない。


 探してというと鬼ごっこじゃなくて隠れんぼってことだよな。

 あの二人を見つければ教練クリアってことか。


 でも、あの子達が探していたのは宿儺?


 日本書紀によると、両面宿儺とは二つの顔、四本の手足を持つ怪物として恐れられ、大和朝廷に背き討伐された。

 しかし、この地域では、武勇にすぐれ、地域を守った英雄として語り継がれてもいるらしい。


 この状況ではどんな意図があるのかよく分からん。

 とにかく今は目の前の課題をクリアしていくしかない。


 周りを見渡しても当然のように音も気配も感じない。

 さきほどまで聞こえていた自分達の足音さえなくなり周囲は完全な静寂に包まれている。


 これは視覚と聴覚を試す修行なのだろうか。


 とりあえず俺は近くを白目潰しに探していくが、こんなことで見つかるとは到底思えなかった。

 小一時間ほど探してみたが、何の成果も得られない。


 幸い攻撃されることはなさそうなので、今の状況を一旦整理してみるか。


 まず、これは間違いなく後継者教練のはず。

 前回は集術の教練だった。


 となると次は凝術?

 もしくは放術か、それ以外?

 陰陽五作とは限らないかもしれない。


 俺は目をぎゅっとつむり、額を指で軽く叩きながら考える。


 凝術といったら呼吸法で霊力の質を高める能力。

 質を高めて〜

 から何をすればいいんだ?


 放術だとすると一人前の陰陽師であれば間接型の技を駆使して、手当たり次第爆撃し炙り出すなんてことができるのかも。

 結局俺にはできないが。


 それとも他の能力?

 宿儺を式神にして見つけさせる、


 でも、俺、式神にする方法習ってないし。

 そんな強そうな相手を式神にできるくらいなら苦労しない。


 う~ん。困った。

 この教練の目的すらぼやけた現状に俺は頭が朦朧としてきた。

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