第五話 帰還

「おまえ……。いや貴様がペロロンチーノだと? 私の親友の名を騙るのか」

「この世界に転生して二十年と少し、人間だけどペロロンチーノだ。何をもって証明するかはむずかしいが。たとえば、ユグドラシル時代のことを話せばいいか?」


 自分以外にも似た境遇がいるかもしれないというわずかな希望と、いるわけがなく目の前で親友の名を騙る存在かもしれないという疑心暗鬼。アインズの頭には二つの相反する意見がアインズの思考を支配していた。むしろ親友の名を騙る目の前のモノを、激情の赴くまま殺すことさえ考えた。しかし感情の強制抑止のおかげで、冷静に判断することだけはできた。



「知っていることを申してみよ」

「モモンガさんが知ってそうなことだと、俺、ペロロンチーノの姉はぶくぶく茶釜。姉のリアル職業は声優。俺はシャルティアを。姉さんはアウラとマーレを作った」



 ペロロンチーノはアインズの顔をみるが、骸骨の顔なので表情は読めない。無言ということから、続けろということと判断し記憶を掘り返す。



「アインズ・ウール・ゴウンの前身はナインズ・オウン。ペロロンチーノはバードマンの弓使いで、さっきのモモンガさんも含めてギルドの初期メンバーで、俺の座右の銘はエロゲ……」

「はい! わかった! それ以上いうな。NPCたちの情緒教育に悪い」

「よかった。この辺で分かってもらえなければ、ギルドエピソードか、モモンガさんの性癖にいくところでしたよ」



 あんまりな言葉が出始めたので、全力でアインズはペロロンチーノの話に割り込む。いや、これ以上放置すれば、支配者としての品格に触れた可能性があるのだ。本当にあぶないところであった。


 むしろペロロンチーノの座右の銘よりギルドエピソードを先に言えよと突っ込むアインズであった。


「本当にペロロンさんなのか?」

「その通り」

「そっか……この世界に……いたんですね」

「まあ、転生だけどね」


 

 アインズがペロロンチーノの事を認めたことで、逆に周りに侍っていた守護者たちには動揺が走った。


 その中で一番の動揺をしているであろうシャルティアが震えるように声を絞り出す。


「ペロロンチーノ様で……」

「そうだよ。シャルティア」


 シャルティアはとしては、いままで感じていた主とのつながりのようなものが感じられず、ペロロンチーノのことを信じることができなかった。


 いや


 信じた場合、自分は敬愛すべき創造主に武器を向けようとしたのだ。


 そんな二律背反の感情、泣きそうな表情を浮かべるシャルティアを見て、ペロロンチーノは笑みを浮かべながら肯定し、力強く抱きしめるのだった。


「シャルティアと出会ったとき、本当にイメージ通りで驚いたよ。でも立ち位置を考えれば、いきなり抱きしめることなんてできなかった」

「でもあっちは、ペロロンチーノ様に武器を」

「許す。シャルティアは守護者として立派に役目をは達そうとしたのだから。それに、ああ本当にシャルティアは理想の嫁だよ」

「よ・・・嫁?!」


 ペロロンチーノの言葉と体温に、シャルティアも意を決したように、ゆっくりとペロロンチーノの背に腕を回すのであった。


「あ~~。ペロロンチーノさん。砂糖吐きそうなんですが」

「え? モモンガさんアルベドを嫁にしてるんじゃなかったんですか?」

「まあ!」


 だだ甘の雰囲気を出しはじめたシャルティアとペロロンチーノの姿に、ついつい突っ込みを入れてしまったアインズだが、ペロロンチーノからとんでもない言葉がかえってきた。


「だって、アルベドってタブラさんの子でしょ? 外見はモモンガさんの性癖にぶっささるように調整したって、タブラさん言ってましたよ」

「なんであの人、そんな事知ってるんですか」

「俺が教えたから」

「お前か!」


 ペロロンチーノのやらかしに、激怒するモモンガ。しかし即冷静に戻ってしまう。


 だが、そのやり取りをみて守護者たちは、ペロロンチーノが本当に転生という行為でこの場に返ってきたと認識することができた。


 なにより当のアルベドは、ペロロンチーノを逃がさないという評価にまでなっていた。なぜなら、目の前のペロロンチーノがいればシャルティアがライバルから脱落するのだ。加えてアインズとのやり取り。きっとお一人で心労をためられていたアインズのためにも必要と考えたからだ。確かに人間という下等生物であり、真の意味で至高の存在か疑わしい。しかし、アルベドにとってアインズの邪魔にならないなら、見逃しても良いというぐらいの寛容さはあった。けっして自分をアインズの嫁と評したからではない。


 その後、場所を移して様々なことを守護者の前でアインズとペロロンチーノの会話は続いた。


「まずお前たちに命ずる。この者を我が友ペロロンチーノとして今後扱うように」

「御意に」


 守護者たちは一斉に跪き、首を垂れる。


「モモンガさん。それって必要なことなんですか」

「念のためです、ペロロンさん。ささやかな意見の行き違いでペロロンさんと仲たがいはしたくありませんから」

「まあ、そういうことなら……」


 アインズとしては、最低限こうすることでペロロンチーノの安全を確保するつもりであった。逆にペロロンチーノからすれば、なぜそんな状況になっているのかわからなかったが……関係はあとで理解すれば良いと判断し、いったん脇に置くことにした。


 アインズが指を鳴らすと、控えていたメイド達が給仕を始める。美味しそうな軽食。そしてさわやかな香りの紅茶が並べられる。


「ゲームの時はバフのために食べてましたけど、こんなに美味しかったんですね」

「ペロロンさんがおいしそうに食べるのはうれしいですが」

「あ……ごめん」

「いえ、この体も便利ですよ? 不眠不休で仕事できますし」

「いやいや。いきなりブラックに走らなくても」


 アインズとペロロンチーノの会話は続く。


「なにか食事ができるようなアイテムとかないんですかね?」

「声を変える口唇蟲とか、義手とかの代わりになるようなモノはあるんですがね」

「その辺研究すれば一緒に食事できるようになるかもしれませんね。その時は一緒に飲みましょう!」

「そうですね」


 こんな風に守護者たちの前で和やかに会話は進んでいく。


 転移後、モモンガは支配者としての姿を優先していたが、もともとはNPCたちの前は、このように普通に会話していたのだ。NPC達からすれば、至高の存在が下々の者に遠慮することなど、本来は不要とさえ考えているからこそ、静かに侍っているのだ。もっとも会話の中でペロロンチーノが本物かどうかを吟味しているという側面はあるが……。


 ペロロンチーノが隣国の帝国で重要な位置にいること。そして今生の親友が皇帝であること。


 この辺りは人間国家の場所で、人間はその地位が低いこと。


 この世界には本物のドラゴンを含めた異形種が多数存在すること。などなど


 様々なことを話した。


「モモンガさんがその姿で来るとはおもいませんでした」

「むしろペロロンさんが転生していることのほうが驚きですよ」

「まあ、どっちにしろワイルドマジックの影響かもしれませんね?」

「ワイルドマジック?」

「そそ。この世界には真なる竜という者たちが存在するのははなしたっしょ?」

「ええ」

「いわば、上位種たる竜王は、世界の法則さえかえることができるワイルドマジックを使えるって話です。そうでもなきゃ、ゲームのキャラが転移してきたり、俺みたいに転生したり……考えられないでしょ」

「なるほど」


 ナザリックの情報収集能力が人類国家のそれを超えるとはいえ、日も浅くまだまだ入手できていない情報が多い。ワイルドマジックの話や竜王の話は、モモンガにとっても興味深い内容であった。


「そういえば転生ということでしたけど、ペロロンさんあっちの世界でいつごろ?」

「実は病気になりまして、記憶にあるのは2138年頃ですね」

「え?」

「神経系と脳系の複合だったので、フルダイブを使った末期治療もできず。意識はその年までだったのでたぶん。両親にも、無理な延命はしないようにお願いしていましたし」



 2138年。モモンガの主観ではほんの少し前……ユグドラシルのサービス終了の頃にリアルのペロロンチーノも亡くなっていたかもしれないのだ。


 ユグドラシルサービス終了に向けて、モモンガからギルメンへ送った最後のメール。


 だがその場にペロロンチーノは現れなかった。もちろん仕事や家庭が忙しいとおもっていたが、心のどこかでは、無視されたと思っていた。それこそ引退したギルメンにとってユグドラシルのことなど、どうでもよくてなってしまったと、諦めてさえいた。


 だが、すでにログインさえできない状態になっていた可能性に考えが至ったのだ。


 もっともモモンガの考えは推測というよりも願望に近い。それを確認したところで、どうにもならない。なにより、ペロロンチーノの言葉通りなら、なおの事確認する術はないのだ。


 だからだろうか。どうでも良い一言がこぼれ落ちてしまった。



「ペロロンさんにとってユグドラシルはどんなものでした?」

「主観で言えばもう20年以上前。前世で死ぬすこし前の話だけど、あの世界では代えがたいものだったかな。いろいろあって離れざるえなかったけど、みんなとバカな事をしながら楽しい日々。リアルの事情さえなければ、ずっと続いてほしい時。情緒的な表現をすれば宝石のような日々かな」

「ペロロンさん……」



 ペロロンチーノの瞳を見ればわかる。そこに映るのは憧憬。彼にとってユグドラシル、ナザリックで過ごした日々はどうでも良い過去ではなく、綺麗な思い出ということを読み取ることができた。


 ならばいっしょに最後の時をと思わなくはない。しかし、死んでいた可能性さえる人間に対して、複雑な感情を飲み込む程度にはモモンガも大人であったのだ。


「そういう意味では、この世界でもう一度取り戻せるかもしれませんし」


 ペロロンチーノは可能性を述べる。


 あの時代の仲間が、もしかしたら他にもいるかもしれないという可能性。


 そして、この可能性こそモモンガが期待する未来だった。


 もっともペロロンチーノとしてはそれ以外、ギルメン以外に新たな出会いと冒険の可能性も含めているのだが、モモンガの反応を見てそれを明言することだけは避けた。この世界で自由に生きた20年。だからこそ言える言葉であり、あの世界から来たばかりのモモンガには、過去を思い出にして前を向けと否定的に説教するような内容にしか聞こえないだろうと考えたからだ。



「の世界もいいですよ。自然は豊ですし、未知がたくさんです」

「ほほー」

「できたら、ナザリックのみんなと一緒に世界をまわってみたいですね」

「そうですね」



 そして、この世界にふれて変わることができれば・・・・・・。



「とりあえず」



 ペロロンチーノは立ち上がり手を差し出す。



「こうやってあえてうれしいですモモンガさん。これからもよろしくお願いします」



 その手をアインズはとり答える。



「ええ。これからもよろしくお願いします」


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